第二章

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 地図だけ月霜に渡して、少し説明を加えてから煥峯はその場から離れる。  月霜は地図を懐にしまって大きな溜め息をついた。  皇帝の暗殺を謀る理由は確かに気になったが、煥峯の胸の内を探る様な真似を、月霜はするつもりは無かった。  ごく自然と出てきた言葉であった。  ──それが、ここまで師匠に響くとは思わなかった。  月霜はぼんやりと、煥峯がいなくなった所を見つめる。  そして更に深く溜め息をついた。 「どうしたの?そんなに溜め息をついて」  じゃり、じゃりと、小刻みの良い足音と共に、鈴の音の様な澄んだ美しい声が月霜の耳に届く。 「瑾容(きんよう)か……」  月霜は振り向きもせずにぼやく。  瑾容は月霜の妹弟子である。  月霜よりも早くに煥峯の所におり、月霜より二つほど歳が上であったが、入門したのは月霜よりも遅かった為、月霜の妹弟子となった。 「さっき師匠が例の仏頂面で向こうに行ってたけど……。月霜、今度は何をやらかしたの」  瑾容の言葉に月霜は顔を顰める。 「何故私が何かをしでかした前提なんだ?」 「違った?」 「──違わないけど……」  でしょ、と瑾容は能天気に笑う。  月霜はもう一度溜め息つきそうになった。  瑾容は弟子達の中では珍しい(ほが)らかな性格をしている。  それでいて器用で面倒見が良い。  利口である為か、煥峯は滅多に瑾容に対して怒ったりはしない。  その為、瑾容は自然と、煥峯に厳しく指導された弟子達を慰める役割を果たしていた。  今回も、月霜が煥峯に何か言われて、思い悩まないかを心配して月霜に話しかけたのだ。 「だが瑾容に話せる事はない」 「そう?知ってるから良いけどね」  月霜はここで初めて瑾容の方を見た。  瑾容はいたずらっぽく笑っていた。 「皇帝の暗殺でしょ?」  淡々とした口調で瑾容は続く。 「その理由を師匠に尋ねたでしょ。聞いてはいけないのよ」  瑾容は真剣な面持ちをして言った。  半信半疑で月霜は聞いていたが、ここで(ようや)く瑾容の言葉は(たま)さかではない事に気が付いた。 「瑾容、何か知っているのか」  月霜は思わず瑾容の肩をがしりと掴み、少し声を荒げる。  掴まれた瑾容は大して嫌そうにはせず、ううん、なあんにも、と間の抜けた口調で答えた。 「では何故この任務を知った」
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