5人が本棚に入れています
本棚に追加
地図だけ月霜に渡して、少し説明を加えてから煥峯はその場から離れる。
月霜は地図を懐にしまって大きな溜め息をついた。
皇帝の暗殺を謀る理由は確かに気になったが、煥峯の胸の内を探る様な真似を、月霜はするつもりは無かった。
ごく自然と出てきた言葉であった。
──それが、ここまで師匠に響くとは思わなかった。
月霜はぼんやりと、煥峯がいなくなった所を見つめる。
そして更に深く溜め息をついた。
「どうしたの?そんなに溜め息をついて」
じゃり、じゃりと、小刻みの良い足音と共に、鈴の音の様な澄んだ美しい声が月霜の耳に届く。
「瑾容か……」
月霜は振り向きもせずにぼやく。
瑾容は月霜の妹弟子である。
月霜よりも早くに煥峯の所におり、月霜より二つほど歳が上であったが、入門したのは月霜よりも遅かった為、月霜の妹弟子となった。
「さっき師匠が例の仏頂面で向こうに行ってたけど……。月霜、今度は何をやらかしたの」
瑾容の言葉に月霜は顔を顰める。
「何故私が何かをしでかした前提なんだ?」
「違った?」
「──違わないけど……」
でしょ、と瑾容は能天気に笑う。
月霜はもう一度溜め息つきそうになった。
瑾容は弟子達の中では珍しい朗らかな性格をしている。
それでいて器用で面倒見が良い。
利口である為か、煥峯は滅多に瑾容に対して怒ったりはしない。
その為、瑾容は自然と、煥峯に厳しく指導された弟子達を慰める役割を果たしていた。
今回も、月霜が煥峯に何か言われて、思い悩まないかを心配して月霜に話しかけたのだ。
「だが瑾容に話せる事はない」
「そう?知ってるから良いけどね」
月霜はここで初めて瑾容の方を見た。
瑾容はいたずらっぽく笑っていた。
「皇帝の暗殺でしょ?」
淡々とした口調で瑾容は続く。
「その理由を師匠に尋ねたでしょ。聞いてはいけないのよ」
瑾容は真剣な面持ちをして言った。
半信半疑で月霜は聞いていたが、ここで漸く瑾容の言葉は偶さかではない事に気が付いた。
「瑾容、何か知っているのか」
月霜は思わず瑾容の肩をがしりと掴み、少し声を荒げる。
掴まれた瑾容は大して嫌そうにはせず、ううん、なあんにも、と間の抜けた口調で答えた。
「では何故この任務を知った」
最初のコメントを投稿しよう!