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───寝坊した。
上半身を起こし、月霜はぼんやりと部屋を見渡した。
狭い、質素な木造の部屋。
煉瓦で積み上げられた床。
頭上には窓代わりの、皿程の大きさの穴が空いていた。
その穴から日の光が漏れて、容赦なく月霜の顔を照らす。
「やっと起きたな」
月霜からそう遠く離れていない所に、仏頂面をして腕を組んでいる男が壁にもたれて立っていた。
男の年齢は三十前後。
姓は柳、名を煥峯という。
「師匠……」
ぼんやりと煥峯を見つめる月霜だったが、すぐに我に返って傍らに置いている剣に手を伸ばす。
が、その先にはには何もなかった。
「寝ている間に取り上げた」
煥峯は月霜の剣を取り出す。
やはり……。
月霜は冷や汗をかく。
道半ばとはいえども一応剣士ではある。
寝首を掻かれぬよう、寝ていても剣は手放せない。
月霜の剣が煥峯の手元にあってはいけない筈だった。
「よく呑気に寝られるものだ」
「……申し訳ありません」
月霜は頭を下げる。
煥峯はため息をついて剣を返す。
そして何気なく問う。
「またあの夢か?」
月霜は俯いて小さく頷いた。
夢、というよりかは幼い日の思い出だ。
母を殺され、父に死罪を言い渡されて王宮を追われたあの日は今でも夢となって姿を現す。
もう、あの日から十二年経ったのになと月霜はそっとため息をついた。
その夢を見る日に限って月霜の眠りは深くなる。
そして夢は決まって、月霜がじゅうしゃと呼んでいる人が去るところで終わる。
夢が遮られる事はない。
例え野外で眠ろうとこの夢を見る限り、途中で目覚める事は無かった。
「夢を見ている限り、外部の動きが分からないのは剣士として難があるな。依頼、今回も取り消すぞ」
月霜は口惜しそうな顔をして、ぎゅっと唇を噛んだ。
煥峯は用心棒として生計を立てている。
この頃、世が不穏になってきたからか、度々煥峯の所に護衛の依頼が入る。
その為、煥峯一人では対応しきれず、腕の立つ弟子達に依頼を任せる事もあった。
だが、その弟子達の中に月霜は含まれていなかった。
護衛の山場は夜である。
数人で交互に見張りを行うが、眠っていても常に外部の動きに注意を払わなければならない。
夢を見ていない時ならともかく、夢を見ている最中に剣を奪われても気が付かない様な月霜には、当然その役は務まらない。
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