第三話 根拠のないガーナの勘とライラの願い 

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「もっとね、気楽に生きましょうよ」  ライラは最悪の事態が引き起こらない為に帝国に送り込まれた人質だ。  気楽に生きることができる時間など与えられなかったのだろう。 「今からそんなに真面目だったら途中で頭がおかしくなっちゃうわよ!」  ……立場を考えれば、無理なのはわかっているけど。  アクアライン王国には心を許せる友人はいないと、以前、話をしていたことを思い出した。  ……もっと前に会えていたら、ライラの心を少しでも救えたのかねぇ。  ガーナは、静かに視線を反らした。  視線を反らした先には血のような紅色が見える。  血のようだと嫌悪感を抱く色であるのにも関わらず、なぜか、懐かしいと思わせる色をしていた。 「いえ、私が真面目というよりは貴女が不真面目なだけな気が――」  ライラの言葉は耳に入らなかった。 * * *  否定的な意見を言うライラの言葉は、途中から聞こえていなかった。  一瞬、視界を覆い尽くした紅色の髪。  美しく、それでいて、懐かしい。  人込みに飲まれるようにして、離れていくその人に導かれるように走り出していた。見知らぬ人の影を追いかける。  その顔には、先ほどまで浮かべていた幸せそうな笑顔は残っていなかった。  ……“あの子”は。  胸が高鳴る。ずっと、探していた気さえしてくる。  隣に居た筈のライラの存在を忘れてしまったかのように走り出す。  ガーナの心は、すれ違っただけの少女に奪われていた。  まるで何者かに操られたかのようである。  記憶にないはずの少女に対して懐かしさを抱く。  ……どうして、忘れていたの。  長い年月を共に過ごしていた気がする。  思い出があるわけではない。  記憶があるわけではない。  それなのにも関わらず、ガーナは、その人を知っていた。  なにも知らない筈のその人を追いかける。  手遅れになってはいけないと誰かに背中を押されたかのように身体が軽い。  見失ってはいけないと囁かれるようにはっきりと紅色に染まった髪が視界に入る。  ……捕まえなきゃ。“あの子”が、孤独になってしまう前に。  今、追いかけなければ、二度と会えなくなる。  そして、彼女を思い出すことはないだろう。
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