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使った画材は水性顔料インクのミリペンと、水彩絵の具だ。家でちゃんとした水彩スケッチをするときに使っているものだ。不思議なもので、手になじんだ道具だからかたった一日で完成できてしまった。
提出するときの周りの生徒のぎょっとした目を覚えている。鋏が強烈すぎたのだろうか。先生は、心配していた、提出できてよかった、と授業終わりに声をかけてくれた。きっと生徒の自主性が大切な課題だったのだろう。
ほかの人の作品を見る。もちろん私のように絵の具やペンの生徒もいたのだが、発色のいいアクリルガッシュや、カラフルなアルコールマーカーなど、派手なものに目が向いてしまう。
彼らの個性なんかに比べたら、私の作品はなんとしょぼいのだろう。
「ねぇ」
聞いたことのない高い声に振り向くと、すぐ右隣に人が立っていた。がっつりアイメイクを施したまつ毛パシパシの目が、私に向けられている。
前髪は一直線に切りそろえられ、頭にはヘッドドレス。髪はくるくると巻かれていて、ふわふわしたピンク色のワンピースに身を包んでいる。薄いピンク色の唇は、感情もなく閉じられている。
この子は。
「あなたが描いたの?」
声をかけられてはっとなり、恐る恐る頷く。すると、彼女はほんの少し目を細めた。
「いいね」
「あ、ありがとう……」
「雑草、好きなの?」
「うん、好き」
この絵を見ただけで、描かれている植物が雑草であることに気づいたことに、私は内心驚いた。このロリータ、植物の知識がありそうだ。
「菜々はお花が好き。というか植物全般が好き。だから雑草も好きなの」
菜々と名乗るロリータ女子は、これまたメルヘンなカバンから植物図鑑を取り出している。「四季折々の雑草図鑑」、私も持っているものだ。親近感が湧く。
「これは……ヒメオドリコソウっていうんだ」
「可愛い名前でしょ? 結構好きなんだ」
「うんうん。菜々もなんかフォルムが好きかも」
菜々は「菜々のも見てくれる?」とぽってりしたヒールの音を響かせながら歩いていく。その足が止まり指を差した先に見えたのは、私と同じ花束だった。
菜々の作品は雑草の私のものとは違い、花屋にあるような大ぶりの花が表現されていた。白い花瓶に入っており、パステル調の色使いからとてもファンシーな雰囲気がある。ゆめかわ、とも言えるだろうか。
視線をその下の花瓶に向けると、なにか半球状のものがいくつかくっついているのがわかった。それは眼球だった。ぎょろりとした生き物の目玉が五つほど花瓶にくっついているのだ。それだけ聞くと一見怖そうな作品に聞こえるが、かわいらしく見えるのは色選びのセンスがよいからか。
タイトルは「承認欲求」。
「きらきらしたものを飾っていても、それを育てたのは醜い人間なんだよね。菜々もそう。それを伝えたかったの」
菜々は作品をまっすぐに見つめている。その顔からは感情が感じられなかった。
この人の目には、この作品はどんな風に映るのだろう。頭にはどんな思考が浮かんでいるのだろう。
純粋に、気になった。
「菜々……さん」
「『菜々』でいいよ」
「菜々。これって何で描いたの?」
「色鉛筆」
「色鉛筆!? 時間かかったんじゃない?」
筆や刷毛なら広範囲を一気に塗ることができる。しかし色鉛筆は筆類に比べたらものすごく細い。同じ時間で塗ることのできる面積はかなり変わってくる。A4のこの量を塗りつぶすのは相当な時間がかかったはずだ。
「まぁね。でも菜々、集中するの好きだから」
答えると、菜々はまた自分の作品を音もなく見つめている。私も視線がつい向いてしまう。
花束を支える花瓶、そこについた目玉は次元を超えて私たちまでもを監視しているようだ。この花束を見る人の、喜ぶ瞬間を今か今かと待っている。しかし、それを見たからといって満足はしないのだろう。もっと、もっとたくさんの人にこの花束を見てほしい。そう思って目玉はぐりぐりと動き続けるのだろう。
菜々の作品には「個性」がある。作品に込められた情報を聞いてからでさえ、こんなにも惹きつけられる「個性」が。
「ねぇ、菜々。よかったら、どうやったらそんなに個性が出せるのか教えてほしいの」
菜々はこちらを向くと首をかしげた。ロングヘア―が頭の動きに合わせて揺れる。両瞳が少しの間上の方を向き、そして中央に戻ってきた。首が元に戻る。
「おもしろそうだね。じゃあ、取引」
「取引?」
「菜々の個性を教えてあげる代わりに、花恵の正確さを教えて」
「正確さを……」
「花恵の正確さは本当にすごいものだよ。どうしたらそんなに正確に対象を写し取れるのか知りたいの」
個性の持ち主に正確さを褒められて、私は頬がじんわりと熱を持ったのがわかった。
突然、カコン、と音がした。メルヘンな靴が音を立てたのだ。
「よかったら、お友達になってください」
礼をされると共に、菜々の小さな手がこちらに差し出された。
え、え、どうしたらいいの、これ。とりあえず握っとく?
握ってみると、ぎゅっと握り返された。顔を上げた菜々はまた少しだけ、目を細めていた。
「食堂、行く? あそこなら、話してても大丈夫だからよさそうだなって思って」
「行こう。菜々もそこがちょうどいいと思ってた」
足を踏み出すと、菜々は歩調を合わせてくれる。スニーカーと低いパンプスが並んで歩いている。隣に誰かがいてくれるというのは、久々だった。
食堂の窓からは午後の太陽の光が差し込んでいる。それはあたたかく、まぶしかった。友達との出会いを、祝福してくれているかのように。
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