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脚立を使うのよ
さて、健康診断の季節がやってきた。年に一度の大行事。
それが本日開催なのである。
大きなバスが二台、縦列で私達を飲み込もうと口を開けている。
年齢によっては項目が増えたり、一週間前から無駄な調節に入ったりする人もいる。
中には前日からの仕込みの人もいるから面白い。全然間に合ってないし。気休め程度のあがきで挑もうなんて己の腹囲に笑われる。
私はというとどうだ。
笑いかけてくる腹囲を尻目に、両腕を高く上げる。
グンと腕を伸ばして背骨のストレッチ。
後ろに回した両腕の手をつなぎ、それも伸ばしてストレッチ。肩甲骨を開いて剥がしてストレッチ。
肩も開いてストレッチ。
準備はととのった。
一年かけてゆっくりと、着実に伸びることだけを考えてきた私の身長。
去年のデータは『158.5cm』をマーク。
憧れに憧れた『160cm』まで、ほんの……まさにほんの一息。
頭にシリコン入れるのだって、、、いや考えない。
や、考えなかったわけでもない。
なくもないけど、ありもない。
憧れる女性像の颯爽と歩く姿に尖った頭……。
やはり、ありはしない。
ではこれはどうだと、思い切りゴツンとコブ作りを考えた。しかし、非力で保身的な私がやれるはずもなく、生身のありのままで挑むことにしている。
なぜだか毎年伸びたり縮んだり。
思うようには超えてくれない。
私が『160cm』に憧れをもちだしたのは、入社したての私を指導してくれた課長先輩の影響がある。
課長先輩は見立てたところ『165cm』はありそうだ。
その課長先輩の細く長い腕は、高いところのものをなんなく取り上げる。
「届かないようなら脚立を使うのよ」
ミニ脚立からビッグ脚立まである、その場の壁を指差す。
その指の美しいことと言ったらたまらない。
まずは背伸びをして棚の上のものをとる。とれない。とれない。
あと少し……とれない。
「無理はしないで脚立を使うのよ」
課長先輩は、可憐な五指のうちの人差し指をピンと伸ばして、脚立を指す。ついでに伸びた親指までも素敵にピンだ。
指導も終わり、一人で動くようになったとき、余計に感じる脚立のありがたさ。それよりも、あと少し背が高ければ取れた棚のアイテムに憤りを隠せない。
背伸びして指先が触るアイテムは、指の腹で押してはじいて奥へ奥へと、もう届かない。結局は脚立を使い二度手間をへて手に入れるアイテム。
もう少し背があれば……。
まずは『160cm』の壁だ。それはそのまま憧れの数値となった。
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