脚立を使うのよ

1/1
前へ
/2ページ
次へ

脚立を使うのよ

 さて、健康診断の季節がやってきた。年に一度の大行事。  それが本日開催なのである。  大きなバスが二台、縦列で私達を飲み込もうと口を開けている。  年齢によっては項目が増えたり、一週間前から無駄な調節に入ったりする人もいる。  中には前日からの仕込みの人もいるから面白い。全然間に合ってないし。気休め程度のあがきで挑もうなんて己の腹囲に笑われる。  私はというとどうだ。  笑いかけてくる腹囲を尻目に、両腕を高く上げる。  グンと腕を伸ばして背骨のストレッチ。  後ろに回した両腕の手をつなぎ、それも伸ばしてストレッチ。肩甲骨を開いて剥がしてストレッチ。  肩も開いてストレッチ。  準備はととのった。  一年かけてゆっくりと、着実に伸びることだけを考えてきた私の身長。  去年のデータは『158.5cm』をマーク。  憧れに憧れた『160cm』まで、ほんの……まさにほんの一息。  頭にシリコン入れるのだって、、、いや考えない。  や、考えなかったわけでもない。  なくもないけど、ありもない。    憧れる女性像の颯爽と歩く姿に尖った頭……。  やはり、ありはしない。  ではこれはどうだと、思い切りゴツンとコブ作りを考えた。しかし、非力で保身的な私がやれるはずもなく、生身のありのままで挑むことにしている。  なぜだか毎年伸びたり縮んだり。  思うようには超えてくれない。  私が『160cm』に憧れをもちだしたのは、入社したての私を指導してくれた課長先輩の影響がある。  課長先輩は見立てたところ『165cm』はありそうだ。  その課長先輩の細く長い腕は、高いところのものをなんなく取り上げる。 「届かないようなら脚立を使うのよ」  ミニ脚立からビッグ脚立まである、その場の壁を指差す。  その指の美しいことと言ったらたまらない。  まずは背伸びをして棚の上のものをとる。とれない。とれない。  あと少し……とれない。 「無理はしないで脚立を使うのよ」  課長先輩は、可憐な五指のうちの人差し指をピンと伸ばして、脚立を指す。ついでに伸びた親指までも素敵にピンだ。  指導も終わり、一人で動くようになったとき、余計に感じる脚立のありがたさ。それよりも、あと少し背が高ければ取れた棚のアイテムに憤りを隠せない。  背伸びして指先が触るアイテムは、指の腹で押してはじいて奥へ奥へと、もう届かない。結局は脚立を使い二度手間をへて手に入れるアイテム。  もう少し背があれば……。  まずは『160cm』の壁だ。それはそのまま憧れの数値となった。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加