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翌日、リコとサナはほうきにまたがり、地を蹴った。
「くるよ、サナ」
樹がざわりと揺れたことに気づいて、リコが言い、サナはうなずき詠唱する。
「――樹はなにを聞く。私の友の樹は、なにを聞く。私の声を聞け」
サナは植物を操る魔法が得意だ。サナの魔法で、頭上の枝葉が揺れ動く。
「どきなさい!」
その声で、天井に穴が開いた。
「さすが」
ふたりは穴を通過する。が、すぐに枝はのびて追いかけてくる。予想どおりだが、速い。
リコは飛行魔法がなにより得意だった。そのリコの速度に負けず劣らず、むしろリコを上回って、枝はのびる。だが、こういうときのための、新魔法だ。
のびた枝が、頭上を覆う。
サナが時間を稼いでくれたから、リコも充分に魔力を練り上げていた。
「本当に、鬱陶しいなあ。――私は光。疾く疾く、白く、迸る!」
瞬間、リコの身体を光が包む。まばゆく、バチバチと電気を散らしながら、白い筋となったリコが天井に激突する。いまのリコは、雷の弾丸だ。轟音を立てて、天井を突き抜けた。
高火力の熱で焼かれた枝は、再生できずに、朽ちていく。
勝った。
ぽっかりと開いた穴から、リコとサナは外へ飛び出した。視界が開ける。リコは目を細めた。島の中とは比べ物にならない、光の世界。どこまでも続く、青い空だ。
「広い……!」
望んでいた、外の世界だ。鼓動が高鳴る。
――だが。
リコは気づいた。青い空に、なにかいる。
それは竜のような姿をしていた。しかし荘厳で神聖な竜とはちがう。腹は肉がただれ、頭部は骨だけという、異様な姿。眼球があったはずの虚ろな穴には、闇の炎があった。腐臭が、リコの鼻を襲う。
魔法動物? いや、ちがう。それよりももっと恐ろしい、なにか。
「魔物だ」
サナが呟いたとたん、魔物はふたりを襲った。黒い炎が、口から放出される。
これは、生かしてはいけないものだ。リコは、すぐに悟った。ひとと敵対する、魔物だ。ひとは魔物に怯えて生きていた。しかし魔女の手によって、はるか昔に退治されたはずの存在だ。どうして、そんな魔物が、ここにいる?
リコはとっさに上空に飛んで、炎を避けた。だがサナは出遅れた。
「サナ!」
目を見開くサナは、このままでは焼かれてしまう。
と、そのとき。下方からなにかが迫ってきた。枝だ。樹だ。サナの前に枝の壁が出来上がり、炎を防いだ。
「わっ」
驚愕していたリコは、自分のほうきにのびている蔓に気づかなかった。蔓に絡めとられて地面に引きずりおろされる。サナも同じだった。ふたりして、急降下する。
気づけば、いつもの暗い、島の中。空は閉じられた。
「リコ、サナ! なにをしているの!」
先生が、叫びながらふたりに飛びついた。恐ろしい剣幕だった。ここまで怒る先生を、見たことがない。リコは一瞬怯んだ。だが訊く。
「なに、あの魔物。魔物はすべて、退治されたって、先生、言ってたのに」
「――リコは、気にしなくていいことよ」
「でも」
「……お願いよ」
先生が小さな声で言った。さきほどの怒りの顔は消え去り、泣きそうな顔だった。
「お願いだから、ここから出て行こうなんて考えないで」
「……ごめんなさい」
こんな先生ははじめてで、リコは素直に謝るしかなかった。
先生の耳元で、赤い石の耳飾りが揺れた。リコはそれをぼんやりと見つめた。
あの魔物は、なんだろう。
それでも先生が情けない顔をしているから、そっと手をのばして、先生を抱きしめた。どうやら自分は、先生にとって恐ろしいことをしたらしかった。
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