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それはリコの知らない世界だった。青い空に、赤いレンガの敷き詰められた賑やかな通り。ひとびとが行き交い、パンや花を売るひとたちもいる。都だ。先生がむかし、住んでいた場所。
すごい。
そこはまさに天国とも呼べるような、華やかな場所だった。暗い島とはちがう。ほらやっぱり、外の世界は素敵だ。外に出たい。リコは強くそう思った。鼓動が強くなる。興奮した。
こんな世界に、私は行きたいのだ。
しかし、――天国は、一瞬で壊れた。あまりにもあっけなく、その街並みは地獄に変わっていた。
なに、これ。リコは呆然とする。
はじまりは、一頭の魔物。だがその一頭を視認したときには、もう遅い。空に暗い穴が開き、そこから魔物が次々に都へと流れ込んできた。骸骨のような顔を持つ魔物は火を噴き、都を襲った。
魔物は、はるか昔に退治されたはずだ。でも、これは先生の見てきた世界だ。どうして? 話がちがう。
魔女たちは、必死に魔物と戦っていた。その中に、先生もいた。
華やかな容姿の女性と、先生が話している様子が映る。
「私も、もう三十六だよ。婚期すっかり逃した。あーあ、仕事やめてのんびりしたいのに」
「まだ三十六でしょ、働き盛りよ」
友だちなのだろう。女性がうなだれ、先生が苦笑している。
「――仕方ない、働きますか。生きて帰ろうね」
女性は表情を引き締めて、そう言った。彼女の耳には、赤い石の耳飾りがあった。
戦う前の、つかの間で、かりそめの、穏やかな時間だった。
そうして、女性は死んだ。
先生のもとに帰ってきたのは、耳飾りだけだった。先生は、耳飾りを握りしめて泣いていた。
世界が絶望に染まっていく。魔女たちは、死に過ぎた。
やがて先生に、とある仕事が託された。魔女の育成だ。戦闘の道具として、魔女を育てろと。先生の時間を操る魔法なら、すぐに育てられるだろうと。先生はそうして、子どもを育てた。魔法を使って、子どもの成長を早めて。そうして育った魔女は、戦いに赴き、何人も死んでいった。
先生は、何度も泣いた。涙が涸れるまで。
あるとき、先生のもとに、赤子がふたり連れてこられた。先生はとうに限界だった。
「……死なせない、もう、死なせない」
先生は、赤子を抱いて逃げた。
この子どもたちは一生、ゆりかごの中にいればいい。かりそめでもいい、平穏をつくろう。先生は、孤島に強力な魔法をかけた。彼女の力をすべて込めた魔法だ。ふたりが出ていかないよう、だれも干渉してこないよう、島を樹で覆った。赤子が成長しないよう、島の中の時間を引きのばした。
「リコもサナも、ずっと子どものまま、この島で暮らしましょう」
島は、完ぺきな偽りの平穏に包まれた。
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