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沈黙に包まれた部屋で、リコは問う。
「――これ、本当の話?」
「私の記憶紡術は完ぺきだよ。なにせ、十年かけて研究したんだから」
「私たち、何年この島で暮らした?」
「三十六年」
サナが簡潔に答える。
「記憶の中の女のひと、三十六歳だって言ってた。私たちと同い年じゃん」
だが、あの女性は大人で、リコとサナは少女だ。先生の魔法が、そうさせていた。
「私たち、本当ならもうとっくにおばちゃんってこと?」
「かもね。十六歳で結婚っていうのも、あながち間違ってないのかも」
サナが本の表紙をなでる。
「私たちの常識がおかしいの?」
「だろうね」
「この島が樹に覆われているのは、私たちを外に出さないため。あと、魔物に襲われないため」
「うん」
「私たちが子どもなのは、先生が時間を歪めたから。私たちを戦いに出さないために」
「うん」
「私たちは本当なら、魔物退治に行かなきゃいけなかった」
「うん」
「三十六年、この島だけが、平和だった。――外の世界は、どうなってるの?」
サナは黙った。
「私たちが救わなきゃいけないひとたち、外にいるんじゃないの」
「やめなさい、リコ、サナ」
いつのまにか、先生が、扉の前に立っていた。泣きそうな顔だった。リコは怯んだ。
「外に出てはだめよ。ここだけが、平穏なの。この小さな範囲でしかつくれなかった、でも完ぺきで平穏な世界なの。あなたたちは、絶対にここから出さない。死なせない」
「先生……。でも、外のひとたちは」
「ふたりには関係ないでしょう。知り合いなんてひとりもいない世界よ」
まあ、それもそうだ、とリコは思った。世界の危機と言われても、気持ちが乗りきらない。閉じた世界で生きてきたリコに、世界の命運なんて大きすぎて、よくわからない。
だが、ひとつだけ。
「先生は、一生この島から出ないつもり? 私たちを、一生、ここに閉じ込めるの?」
「そうよ。一生、ここにいるの」
先生の瞳は強かった。彼女は本気だ。幾人の教え子を殺して、もうこれ以上を繰り返さないという覚悟があった。それはきっと愛がもたらす束縛だ。
それはわかるのだが。
「一生、ね――」
リコは部屋の窓を開ける。暗い世界。先生のつくったゆりかご。たしかにここは安全だ。けれど、空はない。
「都、きれいだったなあ」
リコは呟く。サナも、リコのとなりで外を見た。
「私は、空が見たい。サナは?」
「私も、もっと色々な場所に行きたい」
視線が合う。ふたりの意志は、同じだった。
「ここから出たい」
魔物に襲われる絶望は、わからない。だが、一生この島にいることは、リコにとって間違いなく絶望だった。リコはなによりも「外」を渇望していた。たとえそこが危険に満ちていても、望んでしまう。
鳥かごで飼われるのは、ごめんだ。
外に出たい。外の世界を知りたい。
だからリコは――、窓から飛び出した。サナもだ。ふたりの手には、魔法で呼び出したほうきがある。一瞬で、浮き上がり、樹の天井に向かう。
「待ちなさい、リコ、サナ!」
先生の叫びが耳をつん、と突き抜けた。
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