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最後に俺が見たのは、石を民に投げつけられても反撃出来ない、力なくうなだれた聖女の姿だった。
なぜあれほど力のあった聖女ヴァイオレットが力を発揮できなかったのか、自分の身を守ることができなかったのか、それは俺にも分からない。聖女なら、簡単に殺されるような目に遭わないはずだった。だが、俺が最後に見た聖女はあれほど強力にあった力を全て失ったように見えた。
偽の力でボアルネハルトの民と国王と王子を拐かして、売国しようとした謀叛の罪で聖女は火炙りの刑に処された。
俺の心に穴が空いたようだった。俺は聖女ヴァイオレットに惹かれていて、多分、きっともう愛していたから。
俺はレキュール辺境伯のエリオットだ。悲しみの辺境伯と呼ばれた。
聖女ヴァイオレットの予見は的中して、レキュールの辺境伯領地の民は豊かになった。ヒュー王子の新たな婚約者であるルネ伯爵令嬢マルグリッドを俺は許せない。
小国ボアルネハルトは聖女ヴァイオレットの示した領地再生により、力を増した。隣国ハープスブートはボアルネハルトの領地を狙っている。
隣国ハープスブートのカール大帝に世継ぎが生まれないため、もしカール大帝とその弟が没すれば、俺がラントナス家の王位継承者になるという噂がまことしやかに流れていたが、当時俺にその気はなかった。自分が隣国の大国ハーブスプールの王になるなど、考えたこともなかった。そう、マルグリッドと密会していたのはカール大帝の弟だ。
結局、俺の領土は隣国ハープスブートに取られた。彼らが計画した通りにだ。
聖女ヴァイオレットの無念さを思うと胸が痛む。
やり直せるなら、カール大帝に代わってハープスブートの王になろう。愛する聖女ヴァイオレットを守りたかった。俺は失敗した。全てが消える前に泣きながらそう思った。
エリオット・アクレサンデル・レキュールは、やり直せるならば次はハープスブートの王になって聖女ヴァイオレットを守ろう。
悲しみの辺境伯よ、さようなら。
また美しい秋が巡ってきた。秋の一陣の風に混じって、聖女の声が聞こえたような気がした。
今度は奪う側になろう。
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