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シャワーを浴びて出てくると、彼が「何か飲む?」と聞いてくれた。スパーグリングワインか炭酸水かアイスコーヒーがあると言う。
「スパークリングワインでお願い」
ヒューがグラスを持ってきてくれた。
「ありがとう」
私がそう言うと、嬉しそうにヒューは笑った。
私はよく知っているヒューがこんなに嬉しそうに気持ちをあらわにしたことが新鮮で不思議な気持ちになった。
私はバイトの雇い主としてこの2ヶ月つきっきりで私のそばにいたヒューを見つめた。私の記憶を取り戻すために、私を救うために、何も覚えていない私を前に彼はずっとヴァイオレットとその周囲の話を私にし続けていた。
感謝しかなかった。彼にされたことは辛すぎたが、それをほのかにカバーできる温かさを感じた。あんなに酷いことを言われたのに、私の心は彼が必死で私を戻そうとし続けてくれたことに愛しさと感謝の感情を感じていて、その気持ちがこの瞬間だけは全てを上回っていた。
私とヒューの仲を裂こうとした人に一矢報いたいという思いが全く無いとは言えない。どこかにその気持ちがあることは否定できない。でも今は、ただただヒューのそばにいたかった。
ヒューと乾杯して、よく冷えたスパークリングワインを飲んだ。クラっと世界が浮くような感じになった。
ヒューもシャワーを浴びに行き、私は窓の外の夜景を見ながら、馬車でヒューとあちこち回って楽しかった日々に思いを馳せた。
かつて愛し合って結婚まで誓った私たちは、キス以上の関係はない。結婚式までは御法度の時代に生きていた王位継承権第一位の王子とその婚約者の聖女だから。
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