13 絶対絶命

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 私は彼がこちらを見つめる涙の浮かんだ瞳の煌めきに我を忘れた。時が止まったかのように感じた。彼の瞳から落ちた涙をそっと優しく指で拭ってあげた。彼の頬を私の手のひらはそのまま包んだ。またレキュール辺境伯領が頭に浮かんだ。灰色の空と灰色の大地だ。  20歳で男性経験がまるでない私にはその後どうしたら良いのか分からない。  ――でも、ヴァイオレット公爵令嬢ならばどうするのだろう?  私は心臓がドキドキしてきて心拍数が跳ね上がったのを感じた。そのままヒューの唇が近づいてきて――  ドンドン!  その時だ。突然、ヒューの車の扉がノックされた。薄暗闇の中で浮かび上がった顔はアパートの大家さんだった。私は思わずポルシェの扉を開けて外に飛び出した。 「すみません、大家さん!」 「家賃は振り込んだのかね?」 「はい、今日大学の講義の終わりに振り込みましたから、明日には確認できると思います。遅れて申し訳ございませんでした!」  私は頭を下げた。大家さんは高齢の女性だ。人は良いが、決まりごとには厳格だ。今月は1日だけ家賃の支払いが遅れてしまった。反省している。
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