日本伸没

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「本日、政府から国民の皆様にお伝えしたいことがあります。私が司会を努めさせていただきます。まず、スタジオにいる方々の紹介です。真ん中にお座りなのが、危機管理担当の柏葉大臣――」  甘いマスクの男性が頭を下げた。  50代前半だが、30代でも通用する肌つや。将来の総理大臣と目されており、女性人気が高い大臣だ。その他、紹介されたのは、SF作家、若手お笑い芸人、アイドルタレント。 「最後がT大学で物理学を研究されている、田尾教授です」  白髪の老人が頭を下げる。この人だけ、初めて見る顔だ。それにしても、スタジオの面々は不可思議な取り合せだ。 「まずは、大臣からお話があります」  大島キャスターに促された柏葉大臣が、神妙な面持ちで一礼した。 「総理大臣に変わって私からご説明します。今、日本は未曽有の危機に直面しております」  テレビを注視しながら、私はゴクリと喉を鳴らした。  危機……ですって?  スタジオにお笑い芸人やアイドルがいるのは、場を和ませるためなのだろうか。 「専門的な説明は、田尾教授からお願いします」  大臣が視線で促すと、田尾が垂れてきた白髪をかき上げてから話し始めた。 「最近、頻繁に地震が起こっています。その原因が分かったのです」 「地震はプレートの移動で起こるもの。なぜ、地質学者でなく物理学が専門の田尾先生がお話になるのですかな」  SF作家の小町が、いやらしい笑顔を浮かべて田尾の話に割って入った。教授よりも若そうだが、それでも、会社勤めならとっくに定年になっているくらいの年齢だ。 「小町さん、まずは田尾教授のお話をお聞きください」  大島が諭すと、小町は渋い顔をして椅子に深く腰掛けた。緊急事態という割には進行がおぼつかない。漫談でも聞かされているようだ。 「原因が、プレート移動ではないので私が来ておるのです。結論から申し上げます。今、日本は南北に強い力で引き伸ばされています。それが原因で地震が起こっております」 「だから、それは地殻プレートがだな――」  小町が言いかけたが、今度は田尾教授が手で制した。 「未知の力で日本が引き伸ばされているのです。プレートもその力に引かれて移動しています。分子間に働く引力が、未知の力に引かれて弱まっています。私が提唱する『時空間エクスパンション理論』によると、その力はおそらく、遥か遠い銀河で起こった超新星爆発が原因で――」 「時空間エクスパンション理論……私はSF作家のはしくれだが、理系の博士号を持っておる。あなたの論文を読ませてもらったが、難解すぎて、どこが分からないのかも分からない。そんな理論を振りかざされても、誰も信じやしませんぞ」  再度、会話を遮られた田尾教授は、小町を睨みつけた。小町も田尾教授を睨み返すが、両者は大島キャスターにたしなめられた。 「田尾教授、一般人に分かりやすく説明をお願いします」 「分かりやすくも何もない。日本が南北にびよーんと引き伸ばされているということだ」  そこに、ずっと黙っていた女性アイドルが声をあげた。 「焼いたお餅を両手で引っぱると、びよーんって伸びるみたいなイメージでしょうか?」  若い軽やかな声にスタジオの雰囲気が少しだけ和らぐ。 「近いが、厳密には違う。餅を両手で引くと両端にだけ力が掛かり、伸ばされた餅の中央では力が分散される。しかし、現在、起こっている現象は、あらゆる位置に均等に伸びる力が掛かっている。餅というより、バネを両手で引き伸ばす方が近いイメージです」
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