日本伸没

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 腕組みをして聞いていた小町が、今度は丁寧な口調で会話に参加する。 「均等に引き伸ばされる力で、プレートも伸ばされる。その結果、地震が起こっている。それが本当だと、プレートの隙間からマグマが噴出しますな。かのSFの巨匠、小松左京先生の『日本沈没』ならぬ『日本伸没』が起こりますな。これで一冊、小説が書けそうだ」  そこに、お笑い芸人が突然「『日本伸没』、うまい!」と裏声を上げた。しかし、スタジオに笑いの波は広がらなかった。 「お父さん、日本が沈むって……」  私は、真剣にテレビに視線を向けるお父さんの横顔に語りかけた。 「政府の発表だ。嘘とは思えん」  お母さんも目を剥いてテレビ画面を注視していた。いつもと変わらないのは、おばあちゃんだけだった。 「国民の皆様、突然の公表で混乱されていると思います」  静けさを破って、毅然とした声を上げたのは柏葉大臣だった。 「悲観的な情報を説明するためだけに、この場を設けたわけではありません」  大臣は右手を強く握りしめていた。 「対策があるんだ」  思わず私はつぶやいていた。  映画でもよくあるパターンだ。絶望的な情報しかないなら、パニックを招かないように政府は公表を控えるだろう。  わざわざ、こんな放送までしている以上、何らかの対策があるのだ! 「日本を引き伸ばす力は、残念ながら原因不明です。一方、その力は日々、強くなっていることが観測で分かっております。早急に手を打つ必要があります。そして――」  大臣は一呼吸おいて、力強く言った。 「我々には、対抗策があります」  スタジオにいるメンバーが、ざわつきはじめた。そこまでの内容は聞かされていなかったのだろう。  そんな中、田尾教授だけが苦虫を嚙み潰したように険しい表情だった。 「今日はもう一名、専門家をお呼びしています。こちらへ。ドクター中ノ島」  大島キャスターが感情を殺した声で呼びかけると、画面の外から一人の男性が歩いてきて、空いていた席に腰を下ろした。 「この人……」 「美絵、知ってるの?」 「うん、去年、テレビに出てた発明家。たしか、ノーベル賞の反対の賞みたいなのを受賞したとか」  私の言葉に何かを思い出したらしいお父さんが、パンと手を叩いた。 「イグノーベル賞だ。ノーベル賞のパロディーみたいな賞だよ」 「政府は、田尾教授が発見した現象の対策を検討するよう、幅広く専門家に依頼をしました。その中で、唯一、ドクター中ノ島だけが有用な提案をしてくれました。説明は本人からお願いいたします」  柏葉大事の紹介に、ドクター中ノ島がペコリと頭を下げた。  髪の毛がボサボサの独特の風貌。それほど高齢ではないようだが、身長が低く、さながらミニアインシュタインといった印象だ。 「人前で話すのが苦手ですので、単刀直入に申します。私が発明した『チジーム光線発生装置』を使えば、日本に起こっている危機を回避することができます」  しわがれた声が震えていた。緊張しているようだ。  ドクター中ノ島は、ペットボトルの水を口に含んでから説明を続けた。 「田尾教授のおかげで、引き伸ばす力の大きさを正確に測定できております。『チジーム光線生装置』は、その名のごとく、物を縮ませる力を発生させることができます。引き伸ばす力と縮む力を吊り合わせれば、日本が伸びるのを防ぐことができます」  スタジオのお笑い芸人と女性アイドルが同時に「素晴らしい」と声を上げた。 「お父さん、これで危機が回避できそうだね」 「うーん、そんな簡単にいくのかな?」  小説家の小町が口を挟む。 「そのダサい名前の装置がちゃんと動いたとしても、日本は広い。それだけの範囲をカバーできるのですかな?」 「そこは、政府の代表として私が説明しましょう」  会話の主導権が柏葉大臣に移動する。
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