日本伸没

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* * * 「伸ばす力とか縮む力とか言われても、ピンとこないわね。実際、何も感じないし。それにしても、『チジーム光線』ってダサいわよね。韓国チジミみたい」  晩御飯を食べながら、お母さんが言った。装置起動から、ちょうど一週間が経った。 「地震の頻度が減ってるよ。実際、この数日、どこでも起こってないし」 「確かにそうじゃ。カガクの勝利かの。がはは」  あんなに反対していたおばあちゃんだが、手のひらを返すのは速い。 「最初の数日は、装置のコントロールに苦労していたみたいだけど、現時点では伸ばす力と、縮む力がうまく釣り合っているらしい」  お父さんはこの件があってから、会社から早く帰ってくるようになった。 「最近、仕事がたくさんあっても、定時前に終えられてしまうんだ。おかげで残業しなくてよくなってる」 「お父さん、そういえば、冷蔵庫の固定。早く帰ってきたんだから、今日やってよね」  地震が減ってるからしなくていいのでは……と思ったが、お父さんは「はい、やります」と苦笑いをしながら敬語で答えた。 * * * 「今日で、装置が起動してちょうど1年です。ゲストは、装置の発明者、ドクター中ノ島です」  朝のテレビ番組。スタジオは大きな拍手に包まれる。私はトーストを口に、テレビの方へ視線を移す。 「この人、口下手だったけど、随分、テレビ慣れしたよね」 「今となっては、ノーベル賞候補とも言われているしね。まあ、ふさわしい成果を上げたと言える。日本を危機から救ったんだから」  次のゲストは、SF小説家の小町だった。 「ドクター中町を主人公にしてSF小説『日本伸没』は、大変評判が良く、初版の部数は――」  言い合いをしていた二人だが、今となっては仲良し二人組のようにセットでテレビに出ている。気が合っているというより、利害が一致したというほうが正しいだろう。 「美絵、大学に遅れるわよ」 「今日は、二限から」  高校生だった私は、1年が経過して大学生になった。 「苦労して入学したんだから、留年しないように頑張るのよ」  台所からお母さんの声がした。そんなこと、言われなくても分かっている。確かに、受験勉強はものすごく苦労した。  どんなに勉強をしても成績が伸びなかった。高校時代はテニスに熱中し、勉強に注力していなかった。引退して集中したら成績が伸びると思っていたが、甘かった。 「苦労したのは、私のせいじゃないからね。チジーム光線のせいだよ」  成績が伸びないのは、私だけではなかった。  世の中の受験生が、どんなに勉強をしても伸びなかったのだ。日本の伸びは止まったけれど、成績の伸びが止まるとは想像しなかった。 「でも、結果オーライでしょ。政府がそれを認めて、大学入試のボーダーを緩めてくれたんだから」  お母さんが、皿に盛られたサラダを私の前に置いた。  結果的にはラッキーだったのかもしれない。政府の特別措置で、当時の成績では入れない、ランクが上の大学に入学できたのだから。 「美絵、晩御飯は家で食べるの? お父さんが、お寿司買って帰ってきてくれるって」 「家で食べる!」  お父さんは相変わらず、残業をせずにすぐに家に帰ってくる。これも、チジーム光線の影響だ。  研究によると、これまで、1時間掛かっていた仕事が、50分でできるようになったらしい。同様の現象が日本中で起こっている。労働生産性が2割上がったと、経済学の授業で言っていた。
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