手記

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横浜に来てじきひと月になる。 仕事も決まり、そろそろと僕は楽器屋の貼り紙のメンバー募集にいくつか応募した。 酷く暑い日だった。 右も左も分からぬこの街の路線バスを乗り継ぎ、最寄りのバス停から永遠にも思える真っ直ぐな歩道を歩き、横浜国大の門をくぐった。 ハードケースにリッケンバッカーを忍ばせ、重たそうに抱えて現れた僕を、彼らは「ジョン!」と歓迎した。 背の高い甘いマスクのボーカルと大学生らしく爽やかなドラム。 馴染めるか不安だった。 Doors/break on through kinks/all day all of the night David Bowie/ziggy stardust 課題曲に不足はない。 ひと通り合わせる。 何度もミスをした。 変わる空気。 それだけだった。 帰り際、耳元で「サークルの先輩とか、上手い人たくさんいるから」 と、囁かれた。 僕はハードケースにリッケンバッカーをしまい、あまりの重さに引きずるようにして部室を出た。 焼けるような日照り。 校門を出るまでが、そしてそこからバス停までの道のりが、バスを降りて彼女の待つ部屋へ帰る最後の急坂が、どいつもこいつも酷く長かった。
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