本章

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「あらー、九井さん。ご飯ならさっき食べたでしょ」 「今日も美味しかったです。じゃなくってですね、ちょっと用があって来たんです!」 食堂の料理長的存在である武永さんのいつもの冗談に乗りながらも、会話の主導権を奪う。 「実はこれからお迎えする子がですね、まだお昼を食べれていないらしくって。もし、残っているものがあれば分けていただきたいんです」 「あら、いいわよ。その子の好き嫌いとかはまだわからないよねぇ。でも、どうして食べなかったのかしら」 そう言いながら、キッチンの奥のほうへと入っていく。今日の昼食は焼きそばだった。子どもたちにとても人気のあるメニューなので、残っているとは思えない。 「十分ぐらい待てるかしら。麺は残ってないけど、野菜とお肉があるから簡単に作っちゃうわ。あと、その子は何歳?」 「ありがとうございます!六歳です」 武永さんにお礼を伝えて、ダイニングで待っていた。珍しいことではないが、こういったことというのは唐突にやってくる。それに柔軟に対応してくれるキッチンの方々が頼もしい。 やがて、ソースの香ばしい香りから油の匂いが漂ってきた。このタイミングで揚げ物かと疑問に思っていると、出来上がったよと声が飛んできた。 トレイに乗っていたのは、炊きたての白いご飯にお味噌汁、ひじき、とんかつだった。これを十分と少しで作ってしまうのだから天才に違いない。 「ほら、まだ小学校にも行ってないなら揚げ物は喜ぶと思ってね。時間がなかったから揚げ焼きになっちゃったけど」 「いえ、十分過ぎます。ありがとうございます」 「無理に食べさせようとしなくていいからね。食べれなかったときは申し訳ないとか思わなくていいから」 「でも、武永さんがこうやって美味しいものを用意してくれたので。きっと一口食べちゃえば、手が止まらなくなりますよ」 トレイを持って立ち上がる。こんなにも美味しそうな料理を持って、雨深ちゃんをお迎えできるのだ。 「ほら、その気持ちがプレッシャーになっちゃうわよ。子どもは敏感だから。プレッシャーの中でご飯を食べたんじゃ味もしないわ。もし食べそうになかったら、九井さんが一緒に食べてしまいなさい」 一緒に食べるという発想はなかった。再びお礼を伝えて、食堂をあとにする。時間的にそろそろ到着していてもおかしくない。 雨深ちゃんをお迎えするために抑えた相談室のレンジの中に仕舞っておいた。玄関まで一直線になっている廊下に出ると、ちょうど奥から誰かが入ってくるのがみえた。距離があって顔まではわからないが、がっしりした体型のシルエットと手を繋いでいる背の低い子どもがみえた。園さんと雨深ちゃんだとすぐにわかった。私が手を上げて振ってみると、園さんもそれに気づいてくれたようで振り返してくれた。
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