一、高校生編

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 ――ボスを殺す。殺す殺す殺す。  そう心の中で念じても、いざ屈強な男を前にすれば握った拳を振りかざす気力も失ってしまい、ボスの言われるがまま、従者へと成り下がってしまう。  それに付随して積み上げられた、自分に対する嫌悪感のピラミッド。ずいぶんと高く積みあがったものだ。と、冷静に俯瞰するくらいには、自分が自分ではないような感覚になれてしまって、己の殺意ですら傍観して眺めていられた。  この感覚はどこまでも冷静で、「ボス殺人計画」を練り上げることに寄与してくれた。  完全犯罪みたいな、そんな緻密に組み上げたようなものではない。そんな必要はない。むしろ衝動的な犯行であったほうが、それっぽくて良いだろう。  計画は簡単だ。刃物でボスの心臓を貫く、以上。  とはいえ胸板の厚いボスだから、念のため、のこぎりも用意しておく。胸を貫けなかったら、ぎこぎこと首を落とそう。きっと痛いし、苦しいだろうが、俺が今まで受けた苦しみに比べたらほんの些細なものだろう。そして俺はボスの殺害を終えたのち、教室のテラスから身を投げて自殺するのだ。三階のテラスだ、高さ的にも楽に死ねるだろう。  ボスのような悪の権化に生きる価値はないが、ポンナシにも生きる価値はない――。  計画実行の朝、通学路の歩道でカラスの死骸が道端に転がっていて、その傍らで猫がカラスの意識を確認するかのように前足で揺すっていた。  そういえば鳥インフルエンザが流行っていたっけ。近づくと、猫は驚いた様子で距離をとるもカラスに外傷はない。艶っぽい黒が新鮮さを物語っていた。  なんとなくテレビショッピングとかでやっている包丁の宣伝で、トマトをスパッと切る映像が脳裏に浮かび、試し切りとして、カラスの翼と足を根本から切り取ってみることにした。  昨晩研いだ包丁は、しっかり先を尖らせていたおかげだろう、切れ味抜群。申し分ない。  両翼両足を切り落とすと、大きなイモムシのような様相になり、ぷっくり膨らんだ腹部にきりとり線のようなものが見えて、包丁を医療用メスのように腹部に突き立てる。弾力のある、しかし羽で守られた腹部を、包丁の先がぷちっと音を立ててのめり込む。同時に不思議と痛さを感じた。共鳴的同情的な痛さではない。物理的に、俺の腹部、いや、どこかわからないがたしかに痛みを感じた。  よくわからない感覚を味わうも、その後は何ともなく、骨まで、力を込めて真っぷたつに両断した。  漆黒の容姿から溢れ出る内蔵や血のコントラストが鮮やかで、小さな達成感に包まれた。  この一連の流れを、猫は遠巻きから8の字を描いて落ち着きなく見ていて、結局逃げることなく俺を睨んでいるようにも思えた。
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