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マガンの元を退いたあとで、マヒワはアドウルとレイを屋敷内の部屋に案内した。
二人は住み込みの内弟子の扱いだった。
「マヒワ師範、ひとつ覗ってもよろしいでしょうか?」
といいだしたのは、アドウルだ。
「なんだか恥ずかしいわ。師匠のほうが性に合ってる」
マヒワの発言は、『師範』は免状があって初めて名乗れる流儀を背負った重い称号だが、『師匠』という呼び方は、私淑を含めて、世間一般に流布しているのを意識してのことだ。
「んで、なぁに、聞きたいことって?」
「檻に入れられたまま、川に放り込まれるとき、師範はとっさに『お尻の穴をすぼめて』とおっしゃいましたが、あれはなぜですか?」
アドウルの真っ直ぐな質問に、マヒワの頬がみるみる赤く染まった。
「どわぁぁ! そんなこと言ったっけ? ええ……言いました! 言いましたとも!」
マヒワは、訳もなく、慌てふためく。
「師範、わたしも是非、聞かせていただきたい」
とレイも乗ってきた。
「あれはね……そう……あれは、くっ、口伝ですっ!」
おおっ! っと、アドウルはいたく感動している。
「なるほど! 僕は、口伝というものがどういうものか、前々から師範に質問しよう思っていたんです。どうりで、書物には書かれていないわけですね! さすがに、お尻の穴とは――書き難いですよね!」
……………。
誤魔化すために『口伝』と口走ってしまった、などと言えなくなって、
「そう! そのおかげで、こうして、いまも元気に生きてるんだよ! ねっ、そういうこと! さぁ、さぁ、早く行きましょう!」
と、二人の背を平手でどやしつけて、マヒワは駆け出した。
その腰には、片眉つり上げバカ男から取り戻した、マヒワの剣が揺れていた。
~ 『碧玉擾乱-王位の系譜-』(第三部)につづく ~
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