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 父の遺体をこの目で見ていない以上、まだどこかで父が生きているような気がしてならない。  父がここで働いていたのかと思うと、マヒワは庁舎の内に一歩を踏み出せないでいた。  長官室は当時のまま残されているそうな。  マヒワが頼めば部屋に入れてくれるだろうが、父のいない空間を見て、働いていた姿を思い浮かべるより、こころのなかで生きている父を大事にしたかった。  相変わらず入り口の扉のところで逡巡していると、建屋の内側から声がかかった。 「マヒワ殿、お越しくださり、ありがとうございます。ここではなくて、ほかの場所で話しましょう」  声をかけてきたのは、マヒワを呼び出した張本人、トクトだった。  王都守護庁の制服を着ている。  この国の役人は、帯の色に加えて、帯鉤(バックル)の材質や意匠で階級や職種などを区別している。このような区分の方法は、隣接する騎馬民族の帝国にも武術の世界にも似たようなものがあった。  王都守護庁の長官代理は、濃紺の武術着で薄い青色の腰帯に剣を挿していた。  一方のマヒワは、白い武術着で腰に黒帯を巻き、獅子を(かたど)った黄金の帯鉤をつけていた。この帯鉤は、母の形見だった。  頭の上の方で簡単に髪を結わえ、剣を佩いたマヒワの姿は、遠眼にも剣術家と判った。 「あっ、トクト様、お久しぶりです」  マヒワは小さい頃に、私邸に遊びに来ていたトクトと会ったことがあった。  何度か遊んでもらった記憶も微かに残っていた。
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