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「由惟、大丈夫か。由惟」
病院のベッドの上には、顔中に包帯の巻かれた一人娘の由惟が寝ている。鼻や口でうまく呼吸できないからか、のどに穴が開けられて管が刺さっている。今朝、家を出るときは元気だった由惟がなんでこんな姿に。このベッドで寝ている子は本当は由惟ではないのではないか? 焦った僕が病室を間違えているだけではないのか? 目にしたものを脳が必死に否定しようとしている。妻からの電話では、由惟がこんな目にあった理由はまだわからないらしい。階段から落ちたのか、家に暴漢がやってきたのか。とにかく妻が帰宅すると一階の居間で血だらけで倒れていたそうだ。
「あなた」
「由美。この子は、この包帯だらけの子は、本当に由惟なの……か?」
個室であるこの部屋に妻の由美がいる時点で、ベッドに寝かされている子が由惟であることは間違いなかった。
「由惟は治るのか? 医者はなんて言ってる?」
「顔の骨が何本も陥没骨折していて、元の顔には戻れないだろうって」
そう言って由美は泣き崩れた。
元には戻らない、それはもうちょっと鼻ぺちゃで愛らしい由惟の笑顔を見られないってことなのか。もう、「パパ」って笑いかけるあの笑顔は存在しくなるってことなのか。僕にとっても由美にとっても由惟は宝物だった。容姿は世間一般から比べると良いとは言えなかったかもしれない。それでも明るく、優しく思いやりのある素敵な女の子だった。昨日、勇気をだして告白したけれど振られちゃったと泣いていた。そのとき、「もう少し目が大きくて鼻が高ければよかった」と言っていた言葉は心に深く突き刺さった。なぜ僕の容姿はしっかりと遺伝しているのに、運の良さは遺伝しなかったのだろう。僕の運の良ささえ遺伝していれば、きっとこんなことにはならなかっただろうに。今更だけれど、僕のように毎日神社にお参りに行くように言っておけばよかった。
今夜は病院に泊まるという妻に頼まれたものを取りに一旦家に向かう。途中、商店外の裏側にある神社に由惟の回復を願うために足を向けた。
いつものように鳥居の前で一礼し、参道の左端を歩いていく。本殿の前でお賽銭を入れ、二礼二拍手をし、願い事を心の中で念じる。
「由惟が元気になりますように。由惟の命が伸びて長生きできますように」
命には別条ないと聞かされてはいたが、のどに管がはいったような姿を見てしまうと命も危ういのではないかと危惧してしまう。一礼しゆっくりと本殿を離れ、神社をあとにした。急ぎ足で家に向かいながら、この神社に最初に来たのは中学生のときだったなと思い出した。
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