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異星人ピノキオ
ある日、地球に一隻の宇宙船が来訪した。その船から発せられたメッセージは、この星に存在する国々と、それぞれ個別に貿易に関する契約を結びたい、というものだった。
アメリカ、中国、ドイツがその締結を済ませ、我が日本の番が回ってきた。
交渉を担当するのは私、外務省政務官の石橋輝夫だ。相手が異星人ということもあり、元自衛官という経歴から選ばれたようだ。
最初に彼らと会談したアメリカからはある程度の情報がもたらされていた。彼らは事前に主だった国の言葉を学習しているらしく、会話には何の問題もないこと。容姿はヒューマノイド、いわゆる人型の異星人と言うこと。また我々と同じくオスとメスの性別があり、肌の色で識別できること。ただ、その肌質は人類のものとは異なりまるで木のようで、動かなければ等身大の操り人形のように見えるらしい。そこでアメリカは彼らをコードネーム〝ピノキオ“と名づけた。
一人で会議室に現れたピノキオの肌は茶色がかっていた。つまりオスということだ。これが緑系ならメスとなる。
私の前に立つと彼は深々とお辞儀をして見せた。こちらも慌てて頭を下げると、流暢な日本語で話し出す。
「これは、あなた方日本人の挨拶であると聞いています。ですが我々にも我々なりの挨拶があります」
「ほう。それはどのような?」
ピノキオは自分の顔の真ん中を指差すと、
「ここを互いにこすり合わせるのです」
鼻と鼻を?
できることなら初対面の、それも異星人とそのようなことをするのは避けたかったが、拒否して外交問題にでもなったら一大事なので甘んじて受け入れることにした。
顔を寄せ、鼻と鼻を何度か接触させてから再び相手の顔を見る。
あ。鼻が伸びた。
これもアメリカが彼らをピノキオと名づけた所以だ。どうやらピノキオ自身は気づいていないようだが、ウソをつくと鼻が伸びるらしいのだ。
ということは、こいつ、私を騙したのか?ここに来てからの言動に偽りがあったということか?
疑念を抱きながらもあえてそれは面には出さない。ウソをつくと鼻が伸びるということを彼らに悟らせてはいけないからだ。そのことをこちらだけが知っていれば、交渉の際はこちらに有利になる。
お互いが席に着き、会談は始まった。第一回目ということもあり、話は深いところまで踏み込まず、まずは各々の希望や要望を出し合っていく。二回目以降でそれらをすり合わせ、調整していくのだ。
会話をしていくうちにピノキオの鼻がまた伸びた。どこがウソだと探るうちにまたまた伸びた。
おいおい。これじゃまるで話が全部ウソのようじゃないか。
突然会議室のドアがノックされた。開いた隙間から慌てた様子の部下が手招きしている。ピノキオに断りをいれ席を立った。
近づくなり部下は小声で言った。
「たった今、アメリカから情報が入りました。ピノキオの鼻についてです」
「それならもう知っているよ。ウソをつくと伸びるんだろ?」
「それ、間違いだそうです。訂正が入りました。正しくは、ウソをついて鼻が伸びるのはメスのみ。オスのピノキオは性的興奮を覚えると鼻が伸びる、だそうです」
以上ですと言って部下はドアを閉じた。
これで合点がいった。こすり合わせただけで鼻が伸びたのも、たいしたことを話してもいないのにどんどん鼻が伸びたのも。
恐る恐る振り返る。ピノキオの鼻は先ほどよりもさらに伸びていた。
こいつ、さっきから私を見て欲情していたのか?そんな趣味があるのか?
いや、まさか……。
まさか、私にもそちらの性癖があることを見透かされていたのかも……。
不意に、目と目で通じ合った気がした。
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