序章:舞踏会

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序章:舞踏会

 それは虫一匹鳴かず、そよ風の声すら鮮明に聞こえる静寂に包み込まれた真夜中。空に浮んだ完璧な円を描く月へは雲の幕が下がり、皓々たる月影の折角の眩さも何の意味も成さなかった。そんな月読を嘲笑うかのように地上を悠然と包み込む闇夜。  どこまでも続く一本の線路には、夜に紛れるかのように二両の貨物車両がぽつり置いてけぼりにされていた。動く術を持たずただただそこに立ち尽くしている。だが不幸中の幸いか扉の開いたその車両は空。  ではあったが、荷物の代わりにそこには人影が二つ存在していた。頭部に獣耳を生やした一人は冷たい床に全身を密着させながら倒れ、フードを深くまで被ったもう一人がそれを見下ろしている。  二人の間には闇夜と見事に調和した沈黙が流れているようにも見えたが、実際には床から静かに荒れる息と小さく呻く声が聞こえていた。  するとフードを微かに揺らしながら後ろを振り返り一歩。ブーツと鉄の触れ合う音が車両へと広がった。普段なら耳にすら入らないような音のはずだったが、この場においてはまるで真っ暗な舞台上で一人スポットライトを浴びるかのよう。  だがそんな一歩目を追い踏み出そうとした片足は後ろから掴まれ宙で止まった。そのまま床へ下りた足はより静かな音を鳴らし、フードは振り向くと再び見下ろした。  それだけで精一杯なのだろう。先程よりも息は荒れ大きさを増した呻き声。だがその顔は同じようにフードの中を見上げていた。 「アンタは弱い。――それがこの結果を生み出したんだ」  それは低めな女性の声。事実を読み上げるように淡々と言葉を口にすると、彼女は顔を前へと戻し手を振り解きながら歩き出した。音を響かせ車両を降り、振り返る事はなくそのまま遠ざかって行く。
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