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1 最悪な夜
「もう絶対、あんな奴とは別れるんだ~」
「はいはい。セナ、ちょっと飲みすぎよ、水飲んで」
カウンターに突っ伏したオレにグラスが出された。
「水なんかいらない~。まだ飲む! シャンパンちょうだい」
「今日はもうおしまい。タクシー呼んであげるから、家帰って寝ちゃいなさい」
ママのハスキーな声に、オレは断固として首を横に振った、つもりだった。実際にはカウンターに頬をぺたりとつけたままだ。
「イヤだ、家には帰らない~」
オレのベッドで誰かともつれ合っていた恋人の姿が脳裏に浮かんで、怒りが再燃する。
ひとん家のベッドに男連れこむとか、居候のくせにどういう神経だ。そりゃ確かに好きにしていいよって言ったよ。金がないって言うから小遣いもあげてたよ。だって、欲しい物とか食べたい物を買えないってかわいそうじゃん。
服だけは好みのものを着せたくて、一緒に買い物に行ってた。そのついでにカットもオレの行きつけに連れて行って。
おかげでとっても好みの男に仕上がって、オレは毎日、あいつの顔を見るだけでうっとり楽しい気持ちになってた。あいつも「こんなよくしてもらってサンキュ、助かるよ」なんて言ってたくせに、それなのにこの仕打ち。
残業を終えて急いで帰ったりしなきゃよかった。そうすればあんな場面を見なくて済んだんだ。
オレに見つかった時のあいつは開き直って言った。
「もともとこういうきりっとしたイケメンに弱いんだよ。セナだっておれの外見が気に入ってただけだろ? 連れ歩いて満足しただろ?」
裸のあいつにぴったりくっついていた男は、オレを見てもまったく悪びれることなく「ほら、だからラブホにしようって言ったじゃん」と言い放ち、「めんどくさいの嫌だからな」とさっさと服を着て出て行った。
その後の修羅場は言うに及ばず。
「やっぱ顔で選んじゃうのがよくないのかなあ」
二十六にもなってまともにつき合ったことがほとんどない。
「そりゃそうよ。見た目ばっかりで中身空っぽの男なんて、ろくなことないわよ」
「中身もいいかなって思ったんだもん」
すっきりした外見で、ちょっと気が強いタイプで。金はないけどそんなの持ってる方が出せばいいしと思って、食事も遊びもすべて出していたのが間違いだったのか? でもだったらどうしたらよかったんだ?
「セナは世間知らずのぼんぼんなんだから、気をつけなさい。騙されちゃうわよ」
「はいはい、お説教はもういい」
「こら、タクシー呼ぶから待ちなさい」
「いい、歩きたいの~」
オレはふらふらと通りに出た。ひっそりした路地裏にある店なので表通りまでは少し歩く。
七月の都心は夜になってもまだ暑かった。オレは顔をしかめてジャケットを脱ぐ。
この辺りはこじゃれた店しかない。入口がわからない隠れ家みたいなビストロとか、一見(いちげん)客は入れなさそうなバーとか。
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