1 最悪な夜

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 表通りまでは二つの道があって、いつも通らないほうの小道を選んだのは酔っていたせいだろう。  レンガ作りのアンティークなビルを通りかかった時、誰かに呼ばれたような気がして、オレは振り向いた。レトロなビルのウインドウに、やたらカッコいいマネキンが飾ってある。  仕立てのいいスーツの立ち姿の男性と、椅子に座ったジャケット姿にラフなブルゾンを羽織った青年。二人ともとても整った顔立ちで、ウインドウの中でライトを浴びてキラキラ光っている。 「へー、こんなとこにテーラーがあったんだ」  ブルゾンの青年のほうがオレを見て、ゆっくりと首をかたむけた。 「ええっ?」  オレは目を真ん丸にして、ぽかんとガラス越しにマネキンを見た。しっかり目線が合った感じがする。 「へー、今どきのマネキンはよくできてんなー」  酔ってぼんやりした頭でそうつぶやくと、彼は人間みたいににこっと笑った。 「すごいな。これ、AI搭載ってやつか?」  彼がやさしくほほ笑んで手招く。めずらしい物に気を取られたオレは、ふらふらとその店に入って行った。  店内は不思議な雰囲気だった。分厚い絨毯に民族調の壁掛け、ステンドグラス風のランプにやわらかな間接照明。どこの国とは言えない異国情緒が漂っている。  中央に豪華なソファセットがあり、その奥のカウンターで漢服というのか長袍というのか、不思議な服装の店主(だろう)がなぜかグラスを磨いていた。  オレに気づいた店主はそっとグラスを置くと、上品にほほ笑みかけた。 「いらっしゃいませ。本日はどのような攻め様をお探しですか?」  「え? 攻め様?」  テーラーじゃないのか? 「あの、ウィンドウのマネキンがおいでって言うから」 「ああ、そうでしたか」  と話している間にさっきのマネキンがやって来た。しっかりした足取りで、こうして見るとマネキンには見えない。  彼はカウンターの向こうでコーヒーをいれ始めた。まるで人間のように自然な動きだ。 「お客様がお気に召したようですね。この子は滅多に目覚めないのに」 「やっぱりAI搭載のアンドロイド?」 「いいえ。こちらは理想の攻め様を扱うお店です」  理想の攻め様?  首を傾げて、ふとその単語をどこかで聞いたと思う。 「……ああ、噂で聞いたことがある」 『理想の攻め様を売る店がある』  それは一部の上流階級に流れている噂だ。実在してるなんて思わなかった。
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