1 最悪な夜

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「ここがそうなんだ」  青年が香り高いコーヒーを出してくれた。 「ええ。ここにいらしたということは、お客様はあまり合わないパートナーに困っているのでは?」 「そうなんだ。最初はうまくいくんだけど、そのうち振られちゃうっていうか」  今日の出来事を思い出して、オレの怒りが再燃する。 「それなら理想の攻め様を試してみるのはいかがでしょう? 色々なタイプを揃えておりますよ。今なら昭和の薄幸青年、平成のインテリヤクザ、令和の料理男子などが人気です」 「へ、へえ?」  店主はピンと来ないオレの様子を見て、安心させるようにもう一度、ほほ笑んだ。 「一度、ご覧になりますか? お顔や体格の好みもあるでしょうから」  いや、いらない、と言う間もなく、自分の後ろの真紅のカーテンを音もなく開けた。  オレはずらりと並んだ攻め様を見て、息を飲んだ。こんなにたくさんの攻め様がいるとは思わなかった。攻め様の視線が集中して、オレは思わず一歩後ずさる。  服装も髪型も人種も様々な攻め様にはそれぞれプレートがついていて、年齢職業属性が書き込まれていた。昭和の亭主関白、平成の乙女男子、令和のチャラ男、各時代のスポーツマンに果ては北欧の王子様からアラブの石油王まで。  キラキラした攻め様たちを前に、オレは目を丸くしていた。  ていうか、とても現実とは思えない。  これ夢? 酔って幻覚見てんのかな? うん、きっと夢だな。 「どうでしょう、お好みに合う攻め様は見つかりましたか?」 「いや、好みも何も、オレには必要ないんだって」  首を横に振ったが、店主は「あの子が店にお招きしたということは、お客様には攻め様が必要だということなんです」とやわらかな口調で断定した。  なんだそりゃ。でもまあ、このわけのわからない感じは夢だからだな。  そうだ、どんな攻め様が理想の攻め様なのかちょっと勉強させてもらおう。 「お好みの攻め様は見つかりましたか?」  店主に再度訊かれて、単純に好みの顔を選んだ。どうせ夢なら、好きな顔がいい。 「じゃあ、そのグレーのスーツの人でお願いします」  スーツは野暮ったいが、すっきりした目元が好みだ。スレンダーな体つきもいい。オレよりすこし年上だろうか。
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