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「セナはうまそうに食べるね。料理のしがいがある」
「これ、本当においしいし。トマト缶でこんな本格的なソースができるんだ」
「うん。コツをつかめば簡単だよ。気に入ったならいつでも作ってあげるよ」
あまったるい笑顔を浮かべた琥珀はオレの髪を優しくなでた。なんだかドキドキする。こんなふうに優しくされたことがあまりないんだ。
カウンターで横並びに座っているから、琥珀はそのまま耳を摘んだり頬をなでたりもする。くすぐったくて肩をすくめた。
「嫌だった?」
困ってしまってちょっと身を引くと、琥珀はからかうような目つきでオレをのぞきこむ。
「嫌じゃないけど、なんか照れるよ」
こんなスキンシップはされたことがない。それにオレからもしたことがない。
オレがつき合って来た相手はわりと外出好きで奔放なタイプが多くて、こんな感じにまったり過ごしたことがないんだと気づかされた。
「へえ、もったいないね。セナはとてもかわいいのに」
いい雰囲気を作ろうとしているのに気づいてオレは先手を打った。
「琥珀。先に言っとくけど、オレはエッチはいらないから」
「え? なんで?」
琥珀もあきらと同じように首を傾げた。だからオレは正直に言うことにした。
「いや、実はオレもタチ、攻めなんだ」
「え、そうなの? セナが攻め?」
琥珀は目を丸くしてオレを見つめた。
「じゃあなんでうちの店に来たの? リバ希望? 開発されたい?」
それでもいいよとウィンクされて、あわてて首を振る。令和の攻め様はずいぶんと柔軟な考えを持っているらしい。
「ウインドウのマネキンがおいでって言ったから。それに、理想の攻め様を研究したくて」
「研究? ってどういう意味?」
「オレの恋愛がうまくいかないのは、何か悪いとこがあるのかと思って。理想の攻め様を見てれば、それがわかるかと思ったんだ」
「なるほどね、それでお試ししてみたんだ」
琥珀はワインをぐっと飲み干すと、獲物を捕らえたような隙のない笑顔になる。
「だったら、エッチも体験しないと意味なくない? 理想の攻め様のテクニック、知りたくないの?」
「え?」
まさかそんなことを言われるとは思わなくて、オレは唖然とした。
「理想の攻め様の真骨頂はエッチだよ? 体験しないなんてもったいないよ?」
そう言われると、確かにもったいないような気もしてくる。だけどずっとタチだったオレにはハードルが高い提案だ。
「でもやっぱり、オレはバリタチだし」
「そうとも言えないんじゃないかな」
「どうして?」
琥珀が言うには、あの店は誰でもたどり着ける店じゃないという。
「理想の攻め様が必要な人だけが入って来られるんだ。ウインドウのスタッフが招いたってことはセナには攻め様が必要だって判断したってことだよ」
「いやいやいや」
「じゃ、キスだけしてみよ? それくらいならいいでしょ?」
キスだけ? まあそれならいいか?
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