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身長だけではなく
真奈美は小学校の時には大分大きな女子だった。
小学校高学年では女子の方が大きいとはいえ、他の児童よりは頭一つ分くらい飛びぬけていた。
中学校に入ると、町内の別々の小学校が1つの中学校に集まってくる。
町内の中学はここだけなので、何か余程の事情があって、私立に行く以外は皆、同じ中学校に入ってくる。
真奈美のクラスには「まめちゃん」と小学校の頃からのニックネームで呼ばれている依田君という男子がいた。
この地域では「依田」姓は結構多かったので、みな彼の事を「まめちゃん」と呼んでいた。
特に嫌がらせでも何でもなく、ふつうに彼が小さかったからだ。
話せばとても頭が良いのは分かったし、高校も進学校へと進んでいった。
でも、中学3年生の時にもまだ「まめちゃん」は小さかったのだ。
真奈美はスポーツ推薦で進学したので、高校から先の「まめちゃん」の事など、思い出しもしなかった。
大学1年生の年齢になった時、初めて中学校の同級会をしようという話になり、珍しく休暇だった真奈美も急遽参加することになった。
担任が体育大学だったので、近くの低い山へのハイキングをして、頂上でのお弁当を食べながらの同級会をするというのだ。
お弁当を食べ始めた、その時、進学校に行ったはずだが、大学に落ちた松本君から真奈美は心無い言葉を言われる。
「真奈美なんてどうせ推薦で大学に入ったんだろ?良いよな勉強しなくて入れる奴は。」
真奈美はついカッとなって
「だったら、私が練習していたのと同じ時間の分だけ勉強したの?朝6時から8時半まで。夕方は16時から20時まで。土曜日は13時から20時まで。休日は9時から19時まで。お正月もなく毎日それだけ勉強してたら大学にだって落ちないんじゃないの?」
と言い返した。
同級会の空気が凍り付いてしまった。
まだ19歳。ついつい冷静さを失っていた真奈美に、声をかけてきた男子がいた。
はて?こんな男子が中学校の時に同じクラスにいただろうか?
彼は180cm以上はあるスラリとした体躯で、整った顔立ちで、冷静に松本と真奈美の話に入ってきた。
「たしかに。それだけ勉強していればどこでも入れそうだよね。その上、真奈美さんは試合でも成績を残しているから推薦で入れたんでしょ?高校の全国大会で優勝したよね。
時間だけ練習していれば勝てるってわけでもないんだから。成績を残しているのはすごいよ。」
確かに真奈美は全国大会で優勝していた。
先程の松本君は真奈美が優勝したことまでは知らなかったのだ。
真奈美も試合のあれこれを言うのは、勉強での試合がない人達とは違うだろうと思ったのと、自慢に聞こえてしまうのは嫌だったので言わなかった。
「え?全国優勝してたの?だったら、推薦で入れるよな。」
一瞬凍り付いていたクラスのみんながそう話し始めて、同級会はまた元の空気に戻った。
「ありがとう。」
真奈美は、誰だかわからなかったが、空気を戻してくれた男子にお礼を言った。
「真奈美さん、俺の事わからないんでしょ?」
その男子はいたずら気に微笑みながら言った。
「あ~うん。ごめんね。誰だっけ?」
その微笑んだ顔には確かになんとなく見覚えはあるのだが、誰なのかが出てこない。
「「まめ」だよ。」
「えぇ~?「まめちゃん?」いや、もう「まめちゃん」じゃないけど・・・」
同じ高校に行っていた同級生が皆、笑っていた。
「わかんないよねぇ。こんなに背が伸びるなんて誰も予想してなかったもん。
男子はいいねぇ。まだ20歳くらいまでのびるんでしょ?」
真奈美と同じように、「まめちゃん」こと、依田君とは別の高校だった同級生はやはり彼のことが解っていなかった様で、その日一番の話題となった。
まめちゃんは、中学校の時には小さかったけれど、くだらないいじめや、自分を誇示してマウントをとったりもしなかった。
意見を聞けばきちんと答えてくれたし、グループでの発表も嫌がったりしなかった。
その性格そのままにスラリ身長までのびた一人の青年になっていた「まめちゃん」に、真奈美は心打たれた。
スポーツだけしていればよいというものではない。こんな風に同じ年でも冷静に意見を述べられるようにならなければ。
その後、大人になってからやった同級会には「まめちゃん」は来なかったので今はどんな大人になっているかはわからないけれど、最初の同級会のおかげで、真奈美は少し考え方を変えなければいけないと思った。
自分の事だけを見ていてはいけない。
周囲を見て、冷静に、的確に意見を言えるような大人になろう。
性格もあるので、なかなかに難しいことではあったが、あれ以来、真奈美は誰かのことを怒鳴りつけたりはしなくなった。
あの時の事は老人と言われる年齢になった今でも、昨日起きたことの様に思い出せる。
真奈美の心の伸びしろを作ってくれたのは、どんな恩師でもなく、同級生の「まめちゃん」だった。
あの青春のたった一日のほんの一瞬の出来事が、真奈美の人生の中のとても大切な一瞬であったことを、真奈美はこれからも忘れることはないだろう。
【了】
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