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 新宿サブナードの地下駐車場まで来た。停めてあった仕事で使っているワゴンのドアを開け、グローブボックスからダスターとスパナを引っ張り出した。ルーシーのスマートフォンからSIMカードとマイクロSDを抜き出すと、コンクリートの床に並べて置いて、ダスターを被せてスパナを振り下ろした。何かが割れた手応えがあった。  続けてスマートフォンの盤面を蜂の巣状の割れ目ができるまで叩いた。プッシュ通知はまだポコポコと続いている。電源を落とすと、不意に完全にルーシーの痕跡が消えたような感覚があった。この小さな機械が無ければ、彼女とも会わなかったし、人が死ぬ事も無かったのだ。  こんな事で誤魔化せるのはたかだか数時間だろうが、SIMカードとマイクロSDはその辺に投げ捨て、スマートフォンの本体をコンビニの袋に入れてグローブボックスに戻し、車を出した。載せたことなど無いが、ルーシーが隣にいるように思えた。そして彼女の瞼を閉じて来なかった事を一瞬、悔いた。  サブナード地下駐車場から出ると、新宿通りは混んでいた。やはり警察車両が多い。かえって好都合だった。ヤバい連中も動きにくいからだ。  感染症で減っていた飲み客も戻ってきて、通りにも人が溢れていた。みな笑顔をぶら下げて歩いている。  ルーシーがどんな経緯でヤバい連中と繋がったのかは何となく想像はついたが、彼女の身体を気遣った事など無かった。 「あんたさ、車持ってンでしょ?今度さ、長野連れてってよ」 「長野?なんで?」 「昔住んでたの。静かな森があってさ。鳥が鳴いてンの。とっても空気が綺麗でさ」  そんな話をした。ルーシーの今の見た目と、長野の森が結びつかなかった。 「長野か。今度行ってみるか」 「うん」  思ってもいない事を俺は言ったが、ルーシーはその時だけは子供のような笑みを見せた。  記憶をかき消すようにグローブボックスに目をやった瞬間だった。  富久町の交差点に差し掛かった辺りで、不意に車道に電動のキックボードが飛び出してきた。長い黒髪が翻って見えた。咄嗟に右にステアリングをきった。  タイヤに金をかけていなかったのが仇になった。遠心力にあっさりと負けた車はテイルを大きくスライドさせた。次いで強い衝撃が横からやって来た。視界がぐるりと回った。自分だけがでんぐり返ししているような感じだった。車が横転したのまでは分かった。最期に来た衝撃で意識が飛んだ。音が消えた。足元から何か、黒いものに呑み込まれて行くような気がする。 時間が伸びて行って、止まった。というか、時間の感覚が無くなった。深い森の中を歩いているような感覚があった。ルーシーが遠い幼い日に見た、森かもしれなかった。 (おわり)
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