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 五分ほど、放心していた。永遠に思えるほど長く感じた。それがルーシーの言っていた「時間が伸びる感じ」なのか、俺には分からなかった。  ルーシーはベッドの上で、裸のまま眼をむいて死んでいた。息をしていなかった。薄い栗色の髪が乱れて、頬にかかっていた。整った、ちょっと南米辺りの女性を思わせるような顔だったが、舌をだらしなく出して動かないその様は、グロテスクというよりは寧ろ滑稽なほどだった。  本当の名前を知らない女だった。「ルーシー」はこの女が遊び相手を探す時のアカウント名だった。俺の名前もルーシーは知らない。お互い知ろうともしなかった。遊びだからだ。  俺とルーシーが会うようになったのは半年ほど前の事だった。金のやり取りはない。ただ気ままに後腐れなく遊びたいという互いの考えが所謂「マッチング」したのだった。  俺も色々遊んできたが、ルーシーの望む行為は聞いてはいたがやった事が無かった。そもそも普通の恋人同士がやるような事ではない。  彼女の望みは、性交中に首を絞められる事だった。正確には、アルコールや睡眠薬を飲んだ後に性交して、軽く絶頂感を感じ始めた所で頸動脈を圧迫されたい、というものだ。  性感が身体を走る中でこの頸動脈締めを行うと一種の失神状態になり、その絶頂感はふつうに逝くのとは遥かに深く長くなり、ルーシー曰く「時間と空間がどこまでも伸びていく感じ」なのだという。 「イクイクイクイクッ」  している間にルーシーが甲高い声で絶頂が近い事を告げると俺は猛然と腰を突き動かし、更に力の加減を気にしながら首の根もとを両の手で押しつけるように圧迫していく。男の側からすると別の昂奮があって、そうすると「すごい硬くなってきた」とルーシーは息も絶え絶えに言ったものだった。自分でも充血が増して行くのが分かった。  圧迫していた手を放すと同時に、ガクガクとその細くて雪白の肢体を震わせながらルーシーは絶頂の底へ、いや或いは天井なのかもしれない瞬間に到達する。大抵、同時に果てた俺はルーシーの吐いた生臭い息を周辺に感じながら、抜去して後始末をする。いつもはそういう段取りだった。何が面白いのか、自分でも解らなくなっていた。これでは俺はルーシーの為の道具と同じだ。  女の絶頂感を、男は感じる事ができない。男の性欲は排泄欲だと言われるが、だとしたら小便をするほどのものでしかない。その一瞬の為に世の男は大枚をはたいて女を囲い、或いは買い、時には愛していると誤解し、無駄な時間を過ごす。だからそれを「遊び」と言うのだろう。
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