三話

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三話

 瞬間、「確保ォ!」という叫びががこだまして、俺達は一斉に犯人を飛びかかった。完全に固められ、身動きひとつとれない状態で、犯人はなおも声を上げ続ける。 「――……っ、現実、見ろよ……っ!」 「充分見てるよ犯罪者が。これが現実だ」  眼前の悪を見下しながら、相楽はそう言い放つ。  妙に冷静にそれを見ていた俺は、なんとはなしに顔を上げた。ぐるりとあたりを見回すと、行われている大捕物に混乱して頭を抱える者、一切の関心を抱かないどころか虚ろな眼差しで空を仰いでいる者、むしろ憎悪のような瞳をこちらへ向ける者……そもそも、なぜ避難さえしていないのか……避難、させていないのか……。    次第に頭は混乱をはじめ、視界が急速に狭まっていく感覚に陥った。  ふらりと立ち上がり、よろめく足取りで俺は目線の先へと手を伸ばす。  ……かつて憧れた背中は、今俺の背中へと移り変わったのだろうか……誰かを安心させて、守れるような人間に、俺はなっているのだろうか……果たして、俺は、俺を、裏切ってはいないだろうか……。  ふと、作戦前の相楽との会話を思い出す。喉元のチクリとした痛みもまた、蘇る。  ――――……そう、だ。 相楽が目を瞠って、俺の方へ手を伸ばして何か叫んでいる。その下に見える犯人の顔に、喜びが見える。  ――――わかってる。俺達は正義だ。悪を排し、裁きを与えるための組織だ。わかってるよ、相楽。  赤いボタンを押し込む瞬間。最期に見えた犯人の男の顔は、この世で最も醜悪で汚濁した笑みを浮かべていた。  それがもっとも人間らしく、美しいとさえ思えた。    ――――だから俺は、悪を裁こうと思うんだ。
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