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ものすごく機嫌が悪くなったエルドレッドとは正反対に、領地に戻ったリリエンは良い仕事をしたと清々し気持ちで、前金で修繕済みの厩舎を眺めほこほこしていた。
キス寸前やそれ以上のあれやこれや、思い出せば羞恥ものだけれど一線は越えていない。
――もう二度とあんな恥ずかしいことはごめんだわ。
精神がごりごり削れ、神経が焼き切れるかと思うほどの負荷だ。
エルドレッドの雰囲気作りが上手すぎる。もともとの気質のためか、リードも自然でついつい流されてしまった。
勉強といえば勉強で、リリエンとしても知らないよりは知っていたら今後役立つかもれないしと経験の一つだと思う外ない。
その日、美しい朝日とともに目を覚ましたリリエンは、腕をぐっと上げて伸びをしカーテンを開けた。
今回の報酬はほぼほぼ修繕に充て、あっちこっち補強の跡だらけだった建物も今は順番に綺麗になっている。
少しずつ進んでいく過程に、リリエンはニマニマと頬を緩めた。
「この景色見ると気分いいわよね」
頑張った成果がわかりやすくあるのは良いことだ。
ついでにエルドレッドは元気にしているだろうかと思わないでもないけれど、あの皇子なら自ら望んだ道を突き進むだろう。
そこに皇后が望む女性もついてくれば万々歳だけれど、リリエンの仕事は興味を持ってもらえるまでなのでその後のことは知らない。
「よし、今日も頑張りますか」
ふふふんと身支度をして階下に下りると、そこには先ほどちらりと脳裏をかすめた人物が優雅に足を組んで座っていた。
「エ、エルドレッド殿下!? どうしてこんなところに?」
リリエンが声を上げると、リリエンを視界にとめたエルドレッドが立ち上がった。
皇子を相手にした両親はひたすら恐縮してじっと座っていたようだが、リリエンの顔を見てほっと息を吐き出した。
用のない私たちはこれでと、すたこらさっさと部屋から出て行く。
残されたリリエンは、数日ぶりのエルドレッドと顔を合わせた。
目の前にやってきたエルドレッドは口元に笑みをかたどり、リリエンの頬をむにゅっと長い指で挟む。
「リリエン。よくも好き勝手してくれたな」
反射的に誤魔化すようにへらりと気が抜けた笑顔を返してしまいそうになり、リリエンははっとして気も頬も引き締めた。
どうやらあのタイミングで領地に帰ったことが、気にくわなかったらしい。
きりきりと目くじらを立てたエルドレッドを目の前に、リリエンは瞬きを繰り返し、怒っているのかと眉尻を下げた。
「何か不都合がありましたでしょうか?」
今回の仕事、リリエンは最善を尽くした。自分のできる限りのことをした。
それに最後は、エルドレッドも随分ご機嫌で互いに楽しい時間を過ごせたはずだ。なのに、なんでこんなにご機嫌斜めなのだろうか。
うーんと悩ましげに瞼を伏せると、エルドレッドは大きな溜め息をついた。
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