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3.リリエンの主張
エルドレッド第五皇子殿下との初対面は最悪だった。
「初めまして。リリエン・ブリ」
「顔だけでもと言うから顔を合わせた。もういいだろう」
何度も通いやっと顔を合わせる許可が出たかと思えば、挨拶の途中で寄りつく島もなくひょいっと片手を本人は動かすだけで側近たちに追い出された。
文字通り、顔だけ見せた。だから、おしまい。
――噂通り手強いわね。
リリエンは古びた窓ガラスの汚れを思い出した。
何度拭いても綺麗にならないそれ。でも、ずっと拭いていると愛着も湧いてくる。
「こんなこと朝飯前よ」
ふふふっと笑いながらその場を後にしたリリエンを奇妙な目で護衛たちが見て今回もまた一人女性が傷ついて散っていったかと同情したが、翌日も、その翌々日もリリエンは皇子のもとへと通った。
そもそも同じ敷地内。毎日通うことなど屁でもない。
仕事だと思えば、金策に悩みあっちこっちで肉体労働をする領地にいるよりも楽である。
これだけでチャリンチャリンとお金が発生していると考えれば、むしろ楽なほうだ。
「エルドレッド殿下にご挨拶を申し上げます。私はリリエン・ブリックと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
足繁く通い詰め、ようやく名乗ることができたのは一か月経ってからだった。
――全部、言えたわ。
これだけで感動ものだ。今まで名乗る途中で追い出されを繰り返し、塩対応にいい加減になれてくる。むしろ、扉の前まで来てくれるようになったのは進歩だ。
にこにこと笑顔で名乗り上げると、目の前のエルドレッドは訝しげに眉をしかめ、ししっと手を振った。
「また、お前か。帰れ」
「それはできません。私は皇后様に言われここに来ましたので」
「聞いていない」
「いいえ。聞いていらっしゃるはずです。きっちり一時間は公務として私との時間を設けられたと聞きました。ですので、今日は一緒にいさせていただきます」
意地でも動かないぞとその場でじっとエルドレッドを見つめていると、心底面倒だと大きな溜め息とともにエルドレッドが身体をずらす。
「……はぁ。好きにしろ。ただし、俺の邪魔をするな」
「わかりました。好きにさせていただきます」
リリエンはにこっと笑みを浮かべると、エルドレッドの部屋に入った。
キョロキョロと視線を動かし隅のソファに腰掛ける。
部屋には入れてくれたが、どうせ話はしてくれないだろう。
ならば、存在に慣れてもらうところからだ。言われなくとも邪魔をするつもりはない。
その意志を示すためだった。
エルドレッドは目を見張り、ふんと鼻を鳴らし途中だった資料に目を通しだした。
その姿をしばらくじっと観察し、追い出されることはないと判断すると、リリエンは部屋の内装へと視線を移した。
それから何度か通っているうちに、リリエンが邪魔をしないとわかると、特に何も言うことなく部屋へは通してくれるようになった。
しかも名乗る前に、さっと身体をずらして入れてくれる。
得体の知れない人物は拒絶。
別に邪魔にならないと判断したら、その範囲で好きにさせる。
女性がどうのこうのというよりは、エルドレッドは非常に面倒くさがりなのではないだろうかと、こっそりリリエンは笑った。
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