4.兆し

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「殿下?」 「リリエン。お前は俺に女性に興味を持ってほしいんだよな?」 「はい。できれば」  それがリリエンの仕事である。そのために多額の報酬を貰えることになっているのだ。  無理強いするつもりはないが、殿下が興味を示してくれるのならこちらとしてはありがたい。  その気になったのかときらきらと目を輝かせると、エルドレッドが掴めないヤツだなとぼそっと呟いた。  失礼な。自分ほどわかりやすい人はいないと思う。  すべてはお金のため。  一か月先を心配しなくてもいいように、リリエンはここにいる。 「だから、こんなことをすると?」 「興味の入り口はどこから開くかわかりませんから」 「なるほどな」  そこでエルドレッドが腕を組み、とんとんと指をあてながらリリエンをじとりと見た。  穏やかさとはかけ離れたまるで真っ赤なルビーのような瞳がまっすぐにリリエンを見つめてきて、息を呑む。  近くで見ると、笑みを浮かべる瞳の奥は、一体何を考えているのか底の読めない鈍い光が宿っていた。 「殿下?」  今までの無関心が嘘のように、ひたとリリエンを見据える双眸を前に、この時初めてリリエンはエルドレッド・ザハディストという一人の男性として意識した。  これまでは仕事の依頼対象でしかなく、第五皇子殿下をどのように女性に興味を持ってもらおうとそれしか頭になかった。  初っ端から興味もないと追い出され、同じ部屋にいても無関心。  どんな女性を前にしても熱のない双眸を前に、リリエンはひたすら職務として向き合ってきただけだった。  急に目の前に現れた異性の存在にそわそわする。  初めて見る熱のこもったエルドレッドの瞳から目が離せない。  何か言わなければと口を開いてみたが何を言えばいいかわからず閉じると、エルドレッドは目を細めてふっと笑った。  何か企むにしては実に楽しそうな表情に訝しんでいると、エルドレッドは見たことのない爽やかな笑顔を浮かべた。 「よくわかった。リリエンに付き合ってやろう」 「本当ですか?」  リリエンはぱっと顔を上げて、思わずエルドレッドの両手を掴んだ。  この流れでそうなるとは思わなかった。  やはり、薄い本の作戦が功を奏したとほくほくとする。  どういう心境の変化かわからないけれど、任された職務がうまく進んでいることにリリエンは浮かれた。  ――この調子で、どんどんエルドレッド殿下に興味を示してもらわなくちゃ。  意気込んだリリエンは、エルドレッドが思案するようにじっと観察してくるのをよそに、にこにこと掴んだエルドレッドの大きな手を振りながらにっこりと笑顔を浮かべた。
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