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トシアキの寝息を聞きながら、サキは先ほどまでの会話を思い出していた。
「サキは男の体がいるもんな」
トシアキはそう言った。
役職も年齢も社会人年数も関係なく、仕事中は誰にでも敬語を使うトシアキが、男女の関係の時だけはタメ口になる。
サキのことを名前で呼び捨てにする。
違和感は感じないが、嬉しいとも思わない。
(そうなんだ)くらいにサキは思っている。
「男の体が必要」と言われた時の正しい答えが、サキには分からない。
夫が側にいない今、人肌恋しいと思う時があるのは事実。
だけど、人肌は(あれば良かったのに)くらいのもので、無ければ無いで構わない。
トシアキの人間性に惹かれている。
だから、もっと知りたかった、話したかった、隣にいってみたかった。
望んでいた以上に距離が近くなって、それはそれでラッキーだったと思っている。
トシアキだから抱かれた。
別に、男の体が必要なわけじゃない。
憧れの人に近づけたのが嬉しいと思っている。
トシアキとは付き合っていない。
「愛している」とも「好き」だとも、言ったことはないし、言われたこともない。
やっていることは「不倫」だけど、もし誰かに「不倫関係だ」と言われたら、「そうなの?」と言ってしまいそう。
今の二人は、何の関係にもなっていないと思う。
プライベートで二人で待ち合わせをしたことは一度もない。
二人で現場に行くことがあれば、帰りに休憩できる場所に行く。
打ち合わせが二人だけになって、鍵がかかる会議室だったら、行為に及ぶ。
それだけ。
「会いたい」も「会おう」も言ったことがないし、会う約束をしたことはない。
できる環境があれば、やるだけ。
そして、環境を意識して作ったことはない。
二人はそういう関係だ。
これが彼氏だったり夫だったり、不倫であっても愛し合っている相手なら
「サキは男の体がいるもんな」
なんて言われたら
「男の体がいるんじゃないもん。貴方だから、いるんだよ」
とサキは言うと思う。
そのくらいのことは、さらっと言える。
だけどトシアキとは、そういう関係にない。
「貴方が必要」と捉えられるかもしれないメッセージは出せない。
「男の体なんていらないよ」
と言うのも、なんだか違う気がする。
だったら、今やっている行為は何?
矛盾が生じてしまう。
トシアキがどういう返答を期待して
「サキは男の体がいるもんな」
と言っているのか、サキには意図が読めない。
サキのことを「男の体が必要な女」と思っているのだとしたら、それは「誰とでも寝る女」と同義な気がして、イヤな気持ちになる。
軽くみられているみたい。
既婚者でありながらトシアキと寝てしまった時点で説得力はないのかもしれないけれど、尻軽だと思われるのは不本意だ。
「サキは男の体がいるもんな」
というトシアキの言い方は
(だから俺様が抱いてやっている)
というニュアンスを含むようで、傲慢さをサキは感じる。
人としてトシアキのことを尊敬はしているが、上に立たれるのは違う。
「サキは男の体がいるもんな」という言い方は
(これは相手のためであって、俺のためではない)
と責任を回避しているようで、狡いともサキは感じる。
「サキは男の体がいるもんな」
というトシアキの言葉を巡って、サキの頭には色んな考えが浮かんだ。
いくら考えても、何と返せば正解だったのか、トシアキの発言意図は何なのか、サキは分からなかった。
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