Extra time just for us

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 暗い山道を自転車で漕ぎすすむ。動物の鳴き声とペダルが軋む音以外は何もない道のり。人の気配はない。このまま隣駅まで辿り着いてしまったら笑い話だ。  蒼衣から電話が来てないかスマホを取り出してみたけど、既に俺のスマホも圏外になっていた。  気持ちばかりが焦る中、山の頂上まで辿り着く。スマホに少しだけ電波が戻ったけど、蒼衣からの着信はなかったし、電話をかけてみても相変わらず圏外だった。  ブレーキを慎重に握りながら、坂道を下る。遠くに隣駅の明かりが見える。やっぱり杞憂だったのかもしれない。今頃蒼衣は家にいて、ただ電源を切っているだけなのかも。  そう思ったとき、自転車のライトの先に微かに人影のようなものが見えた。 「蒼衣っ!」    人影に駆け寄ると、制服姿の蒼衣が自転車を山肌に預けてしゃがみこんでいた。  顔をあげた蒼衣の顔がぐずぐずに崩れる。立ち上がろうとした蒼衣が足をついたところで動きを止めた。 「自転車のチェーン切れちゃって、それで転んだ時に、ちょっと」  蒼衣が痛々しく足首の辺りを抑える。暗い道では怪我の程度はわからない。 「うちの親、呼ぶから。ちょっと待ってろ」  山頂からなら電話をかけられる。来た道を戻ろうとしたところで、制服の裾をくっと引かれた。 「肩、貸してくれたら歩けるから」 「だけど……」 「また、一人になるの、怖くて」  蒼衣らしくない言葉。だけど、震える瞳が見えて、うなずくしかできなかった。蒼衣の自転車は後で車で取りに来てもらうことにして、自分の自転車を押しつつ、蒼衣に肩を貸しながら山道を戻る。  色々と話したい事は色々あったはずなのに、うまく言葉として出てこない。 「……今度の大会、大丈夫そうか?」 「ん、ちょっと捻った感じだけど、数日休めば大丈夫と思う」 「そっか。よかった」  自転車で通学していた時より、蒼衣の息遣いが近い。そこに時折スンと鼻をすする音が混ざる。 「陸上の大会、応援行くから」 「え、でも。野球部の試合あるんでしょ」 「俺さ、陸上部の応援するつもりで吹奏楽部に入ったんだ。だから、行くよ」  初めての告白に、蒼衣は驚いたような顔でこちらを見る。  中学の頃はなんとなく卓球部に入っていたけど、センスもやる気もなかった。一方で、大会などで活躍している蒼衣は眩しかった。  幼馴染に負けたくないというよりも、その背中を押したいという気持ちの方が俺には自然だった。 「……ちゃんと届いてたから」 「え」 「佑磨の演奏。聞いてたら元気出るっていうか。それで、私も朝練しようかなって思ったの」  蒼衣はそこで一瞬視線をさまよわせた。それから小さく息をつく。   「だから、佑磨が気にしてる先輩とは、なんでもないから」 「べ、別に。気にしてなんかっ」 「うそつき。めっちゃ気にしてるじゃん」  俺の方を見る蒼衣に楽しげな笑顔が咲く。  だけど、その表情はころころと変化して、今度はどこか思いつめたような顔になった。 「馬鹿だよね、私。それを伝えたかっただけなのに、話しかけるタイミングわからなくて。もしかしたら気まぐれで佑磨が自転車通学するかもって思って自転車で通い続けて、こうして佑磨に迷惑かけて」 「……話しかけるタイミングがわからなかったのは、俺もだから」 「そっか。意外と似た者同士だったり?」 「何年一緒だと思ってんだよ」  そうしているうちに、山道の頂上にたどり着く。電波が入るから親を呼んでもよかったけど、もう少しだけ蒼衣に伝えたいことがあった。  もちろん、これ以上蒼衣を歩かせるわけにもいかないから、蒼衣に向かって自転車の荷台を指さしてみる。 「乗るか?」 「うん」  断られたら親を呼ぶつもりだったけど、あっさりと蒼衣はうなずいて荷台に腰を掛け、ワイシャツの背中部分を小さくつまむ。慣れない二人乗りで少しだけぐらりと揺れてから、自転車は坂道を下りだした。 「あのさ、蒼衣」 「ん」 「足、治ったら。付き合ってほしい」 「えっ」  ワイシャツを握る蒼衣の手に力が籠る。   「俺も体力つけなきゃなって。だから、また前みたいに隣駅まで自転車で通学するから、蒼衣も付き合ってくれたら嬉しい」  言葉に嘘はない。それだけじゃなくて、またこういうことがあったら心配だからって思いもあったけど、それを表に出したらきっと蒼衣は拒むだろうから。  蒼衣の手に力が籠ったり抜けたりして、やがて呆れたようなため息が聞こえてきた。 「そこまで言うなら、付き合ってあげる」 「サンキュ。大会の応援も頑張るから」 「ばか」 「はあっ?」  突然の罵倒に色々言いたいことはあったけど、その前に急な下り坂に差し掛かる。今は後ろに蒼衣がいるから慎重にブレーキを握りながらも、結局馬鹿みたいにワーワー声をあげながらゆっくりゆっくり坂道を下っていく。  これから、またこうやって蒼衣と馬鹿みたいに自転車を漕ぎながら一緒に通学できると思うと、なぜだかとてもホッとした。町明かりよりも星空の方がキラキラしている夜の山道で、蒼衣の体温がそっと近づいてきた。 「ありがと。佑磨が来てくれて、心強かったよ」 *  大会の応援に駆け回る直前になっても、相変わらず屋上での朝練は続いていた。 「佑磨、眠そうじゃん」 「今日からまた自転車通学再開したからな。通学時間が三十分伸びた分、朝早いんだよ」 「ふうん。その割にいい音鳴ってる」  ニッと笑った孝泰はそれだけ言うと満足そうに離れていった。  なんか、全部見透かされてる気がするけど。  少し視線を下げると、グラウンドから屋上に向かって手を振る蒼衣と目が合った。  一つうなずいて、アルトホルンを吹き鳴らす。  今度はそれを合図にしたように、バンっと蹴りだして駆け抜ける蒼衣の姿がどこまでも伸びていった。
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