Extra time just for us

1/7
前へ
/7ページ
次へ
 遠からず消滅するとされている我らが集落――蔵野――に鉄道が伸びてくる。  正確には帰ってくるが正しい。山間の集落を繋ぐ三ツ谷鉄道は、3年前の豪雨災害による土砂崩れでいくつか線路が流されてしまった。復旧した部分から徐々に運行は再開していたものの、人里離れた山奥なだけあって蔵野の辺りは一番の難工事だったらしく、今回の開通で三ツ谷鉄道は全線再開となる。 「来週には自転車通学ともオサラバだな」  電車が不通の間、集落をいくつか越えていった先にある高校に通うには自転車で一山越えて隣の集落の駅まで行く必要があった。一応代替のバスも走っているけど、本数が少なくて吹奏楽部の朝練に間に合わない。  だから自転車通学を強いられているわけだけど、電車が使える時と比べれば三十分以上通学時間がのびている。往復一時間と山越えで消耗する体力は馬鹿にならない、はずなのに。 「なのに、どうして微妙に不満げなんだよ、蒼衣」 「別に不満なんてないし」  そうは言うけど、隣で自転車を漕ぐ蒼衣はどことなく憮然とした表情だった。  蒼衣は蔵野で唯一の同じ年の生まれで、学校の選択肢なんてほとんどないから十年間同じ通学路を通い続けている。それは高校で吹奏楽部に入って、朝練のための隣駅まで自転車通学が始まってからも同じだった。 「ただ、私的には通学が筋トレになってたなって」  蒼衣は中学時代から短距離ランナーで、山道で鍛えられてきたからかはわからないけど、高校に入って早々から代表選手に選ばれるくらいの実力だ。今だって、蒼衣が全力で自転車を漕げば俺は置いてかれてしまう。 「じゃあ、電車が来ても蒼衣は自転車通学続けんの?」 「別にそんなこと言ってないじゃん。その分普通に練習すればいいんだし」  蒼衣はまだ何か言いたげな顔をしていたけど、そこで山道を登り切って、ここからは駅までひたすら下り坂だ。通学時間三十分増しの通学路のなかで、この瞬間だけは最高だった。子供みたいにワーワー声をあげながら坂道を下る。残暑の気配が残る蒸し暑い朝だけど、今だけは風が気持ちいい。ちらっと振り返ると、蒼衣も全身に風を受けながら笑顔で坂を駆け下りていた。 「じゃ、また帰りに」 「うん」  隣駅の駐輪場に自転車を停めると、無人駅のホームでは別の車両の列に並ぶ。二両編成でやってきた電車の車内では来週の蔵野までの開通を告げるチラシが目一杯張られていた。 ――別に不満なんてないし。  その広告に、朝の蒼衣の不思議な態度が再び気になった。だけど、その思考は出発のベルと同時に駆け込んでくる孝泰の姿にさえぎられた。 「セーフ!」 「お前も通学中に朝練してんの?」 「ん。何それ?」  同じ吹奏楽部の孝泰が発車ギリギリに乗り込んでくると、他愛もない話の中で蒼衣の態度のことは記憶の奥へとしまわれていった。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加