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「璃空、帰るよ」
「わたし図書館行くよ」
「じゃあ僕も一緒に行くよ」
二つも離れた教室からうちのクラスに顔を覗かせたのは、幼馴染の陸翔だ。
高身長だし、幼馴染の贔屓目を覗いても目鼻立ちはまあまあいいのだから、前髪を上げて、眉や目もとをよく見えるようにすれば、多分かっこいいっていわれるグループに入るけれど、本人は無頓着。
(まあ、本人の自由だから、わたしがどうこういうことじゃないもんね)
そういうわたしは、見た目大事。人はどうだっていいけれど、わたしはかわいいって見られたい。今だってちゃんと薄くメイクしているし、髪の毛は毎朝いい具合の緩さに巻いている。スカートの丈はわたしの脚が一番きれいに見えるように計算しているし、爪だっていつもピカピカだ。
「おっ、お二人さん、仲いいねえ」
教室のドアを塞ぐ陸翔をクラスメイトの男子が茶化す。
高校生なんだもの。他クラスの男子が女子を訪ねたら、そりゃあ揶揄いの的になるのは当たり前。だけど、わたしたちの場合はちょっと違う。
ここは、慌てて照れてみたり、まあなってイケメンにニヤリしてみたりするのがきっと思春期男女のお約束。
「うん。生まれたときから一緒だからね」
のほほんと返事をする陸翔もズレているけれど、
「双子だもんな」
そうじゃねえよと突っ込みも入れずにじゃあなと手を振る友人たちもズレている。
「双子ちゃん、ばいばーい!」
「ばいばーい!」
クラスも違う男女が放課後二人で一緒に帰っていても、聞こえるはずの冷やかしがない。
「おう、双子ちゃん、気をつけて帰れよ。二人乗りはすんなよ」
「はーい」
双子というものは一種のマスコット扱いらしく、こうして違う学年の先生に声を掛けられることは日常茶飯事。知らない先輩たちや、ご近所さんたちにも双子ちゃんで通っているのだから、わたしたちってば、一種の有名人みたいだ。
コミュ障のわたしは知らない人たちからのそういうのを気持ち悪くて一切無視するけれど、隣にいる陸翔が誰にでもにこにこするせいで、こういう声掛けは小さいころから一向に減らない。むしろ、年々認知度が上がっている気がする。
陸翔の言葉通り、わたしたちは生まれたときから一緒だ。生まれた病院も誕生日も同じ。
だからって、双子じゃない。血も繋がっていない。双子ちゃんっていうのは、周りが面白がっていっているだけだ。
こうなったのは、ノリが良すぎる両家の母親が発端だ。
お母さんたちは、同じ産婦人科病院を使っていて、出産の翌日、二人は院内でばったり出くわしたらしい。互いの腹回りを見て、「え、生まれたの?」「うん、昨日」「まじで? うちもっ!」と、盛り上がったそうな。ちなみに、待合室の会釈以外で言葉を交わしたのはそのときが初。意味が分からない。
コミュ力おばけみたいなパリピ二人は、「え、マジでっ!? これってすごい! 運命じゃん! もはや双子じゃん!」と意気投合。そのノリで「せっかくだし、名前も双子みたいにしちゃう?」となり、「えー超いいじゃん、マジ双子みたーい!」と、わたしたちは璃空と陸翔と命名された。りくとりくと。音だけじゃなくて、しれっと漢字まで合わせてきている。遊び過ぎだ。なぜ誰も止めなかった。
月日は経ち、「マジ双子みたーい!」のノリは、いまだに続いている。
陸翔と違って勉強が苦手なわたしが、都内屈指の進学校に這う這うの体で進学を果たし、息絶えそうになりながらもなんとか授業についていっているのも、陸翔とお揃いの制服を着せたい母親のスパルタ教育の賜物だ。
小学校では、お揃いコーデが多いわたしたちを、本気で双子だと信じていた友だちも多かった。仲が良くていつも一緒に遊んでいたし、家が近いから登下校は一緒だし、名前がそっくりなこともあって、友だちや先生たちからも『双子ちゃん』だとか『りくりく』なんて呼ばれて、セットとして扱われていた。苗字が違うから訳ありだと勘ぐられたりもした。
小学校時代の友人がわたしたちを双子として扱えば、中学校や高校で知り合う友人もそれに倣う。
『双子ちゃん』。今やすっかり定着したわたしたちの呼び名だ。
各校の帰宅部集団に混ざって、お揃いの制服で歩く。
陸翔は自転車を押して、わたしの横に並んでいる。見慣れた光景。
「……」
「……」
正門を出て以来黙ったままの陸翔から、以前は感じなかった緊張が伝わってくるけれど、気づかないふり。
(あー。これは今日も無理かな)
本を返却して、カウンター横のタッチパネルで人気作の予約手続きを行う。
教科書以外の本を開くと眠くなるらしい陸翔は、本棚のほうに足を向けることもなく、わたしについてくるだけ。
「陸翔お待たせ」
「ん、帰ろうか」
わずか数分のわたしの用が終われば、あとは帰宅するのみ。
(おおーい。あと十分で家に着くぞー)
陸翔のタイミングを台無しにしないように、最近のわたしは二人きりのときはあえてこっちから話題を振らないようにしている。
(タイムオーバーまであと少しだぞー。今日を逃したら次はいつだー)
十分なんてあっという間。
「じゃあ、璃空、また明日ね」
「うん、また明日」
幼いころから何度も繰り返されたやり取り。手を振って自転車に跨った陸翔の耳は真っ赤だ。
(今日は勇気が出ずにいい出せなくって、ってとこかな)
「んな真っ赤になるんなら、早く告れー!」
頬が熱い。赤面は人にうつる。
(やっぱり……って戻ってきたりは――しないか)
『話があるんだっ!』なんて切羽詰まった顔で女の子のもとに戻ってくるのは、漫画の中のお話。
頬の熱を冷ますためといいわけをして、わたしは振り返りもしない陸翔が角を曲がるまでを見送った。
わたしと陸翔は両想いだ。両片想いじゃなくて、両想い。
自惚れなんかじゃない。わたしを見るときの目はいつだってとびきり優しいし、声音だって違う。目線が、仕草が、態度が、わたしを好きだって、特別な女の子なんだって語っている。これでわたしの勘違いだったら、それは100%陸翔が悪い。もしそうだったら、史上最悪の思わせぶり男だ。だけど絶対にそんなことはありえない。
「問題は、両想いだって互いが理解しているとこなんだよね」
ベッドヘッドに並べたクッションに体を預けて、読み終えた漫画を閉じる。両片想いの甘酸っぱい少女漫画の最新刊は、相変わらずお互いに相手の好きな人を勘違いしてすれ違う展開だった。
「最初は面白かったけど、こうも当て馬ライバルが次々出てくるともういいかなあ……」
部屋の入口にある本棚には、幼馴染ものの漫画が並ぶ。わたしの漫画を勝手に読んでいた母親に、ニヤニヤしながら愛読書の共通点をいいあてられたのは、わたしの黒歴史だ。母親にエロい雑誌を見つけられた少年たちの気持ちがわたしにはよく分かる。お願いだから、陸翔のお母さんには話していないでほしい。
漫画の中の主人公は、みんな幼馴染の男の子と恋人になった。中には、幼馴染は身を引いて他の人とっていうのもあったけれど、わたしはそれに該当しない。わたしは陸翔以外を好きにならない。
(陸翔と恋人になるにはどうしたらいいんだろう……)
ベッドにある唯一のぬいぐるみは、去年陸翔がゲームセンターでとってくれたわたしの宝物だ。腕を回して抱きしめられるくらい大きくて、ウサギちゃんを抱えて陸翔と街を歩いたことが最高に幸せだった。すれ違う人みんなに、これ彼氏に取ってもらったの! って宣言して歩いているみたいで、誇らしかった。だって、あの日のわたしたちは絶対にカップルに見えたから。
「陸翔も嬉しそうにしてたもんなあ。あれ、絶対同じこと考えてたと思うんだけど……」
あの日の陸翔は普段以上に優しくて、「ほら、前が見えないだろう」なんて、腕を引いてくれたりもした。いくら大きくても、ぬいぐるみの頭で視界が遮られることなんてないのに、陸翔もわたしもそんなこと承知の上で、カップルごっこを楽しんでいた。
つまりはそう。そうなのだ。
両片想いなら気持ちを確認し合う言葉が必要だけれど、わたしたちはお互いに両想いだって知っているから、すでに恋人みたいな認識で、わざわざ告白する必要がないのだ。
(だけど……)
だけど、今、陸翔はわたしに告白しようとしている。急にどうしたって、そこまではさすがに分からないけれど、幼馴染十七年目。そういう空気は察します。
なにかにつけて二人になりたがったり、なにかをいい出すタイミングを計っていたり、無理な話の持って行きかたをしてみたり、恋愛話に過剰反応するようになったり、陸翔、わかりやすすぎ。
実はさっきも、新刊のこの漫画を買いに行った本屋で陸翔に会った。自然と一緒に帰る流れになって、なんとなく二人普段よりもゆっくり歩いた。なにかをいいかけてはやめる陸翔を急かすことなく、わたしは穏やかな空気を纏わせていた。
めちゃめちゃいい雰囲気だったと思う。まさに告白チャンス。だってそうなるようにしたもの。だてに少女漫画を読み漁っていない。時間だってあった。途中知り合いにも会わなかったし、いつだって告白できる空気だった。
――あ、それじゃあまた……。
――あ、うん……。
高い位置にある頭を叩き飛ばさなかったわたしは、自制心の塊。ズッコケなかったわたしは、立派なレディだ。
(毎度毎度告白を先延ばしにして! このヘタレ! 今日のいいわけはなんだっ!)
むむむむと、眉間にしわが寄る。いけない、かわいくないと慌てて力を抜くけれど、心はモヤモヤしたまま。
(……タイミングが計れなくて、とか?)
「タイミングだらけじゃんかっ!」
あーこれ、告白されるなあと察して早半年。わたしは耐えた。最初はいつ告白するんだろう。どんな言葉で、どんな表情でわたしを好きっていってくれるんだろうって、ドキドキときめいていたけれど、今はもう、ドキドキのドの字もない。
「あ、でも、結婚するときはちゃんとプロポーズしてほしいなあ」
「あははっ、シンデレラ城を背景に?」
「そうっ」
「陸翔にはハードル高いでしょ、それっ!」
わたしの気持ちを唯一知っている親友の優理子が、ウサギちゃんの手を振って笑う。
「だよねえ……。でも、プロポーズの言葉なしでの結婚は絶対にありえない」
「璃空の夢だもんね。夢見る少女め」
「なにそれ」
「てか、実際のところ、陸翔から告白されてもいないのに、両想いって確信していて、結婚するのも当然のように語る璃空の鬼メンタルな」
「だって、絶対わたしのこと愛してるもん」
「はいはいっ」
それなのに、大事なことを延ばし延ばしにしやがって! もうっ!
陸翔が告白してくれないと愚痴を零した翌週、頼れる親友優理子が水族館デートに誘ってくれた。
「わたしたちが付き合えるようになったのも、りくりくのおかげだしねえ」
「四人でしょっちゅう遊んだもんねえ」
中学生時代にこの四人で遊ぶことが多かったのは、優理子のことを好きだった濱田君が陸翔に協力を求めたからだ。そんな事情もあって、わたしはこの水族館デートを楽しみにしていた。
カップルに同伴の水族館。これ絶対お膳立てじゃん。ダブルデートってやつでしょ? しかも二人はわたしたちの気持ちを知っているんだし、これもう確定。『お前たちもさっさとくっついちゃえよ』って、あからさまな後押し。
帰りが現地解散だったのだって、あの二人が二人きりになりたかったのももちろんあるだろうけれど、わたしたちに気を使ったからだ。
なのに。なのに陸翔のやつは、なんとそこでも告白してこなかったのだ。
数枚目のティッシュを引き出して、チーンと勢いよく鼻をかむ。
もう知らん。あんな男、もう知らない。
(なんなの? なんなの? え、だってあんなの告るしかないじゃん? 友だちにまで背中押されてプレッシャー与えられて、環境整えてもらって、わたしだっていつでもオッケーで受け入れ体制だったじゃん? ウェルカムモード出してたじゃん? なのに告らないとか、もう意味不。却下。もう知らない。あの状況でいい出せないなら、一生無理だって)
今日こそ好きっていわれるんだって、勝手に浮かれていた分、落胆は大きかった。
(分かってる。自己中なことでイラついて、わたしってば超わがまま)
だけど、なんで両想いなのにこんなふうに一人で泣かないといけないの。
「好きっていってよお……。なんで恋人になろうっていってくれないの……」
わたしはその日、ウサギちゃんをぎゅうぎゅうに絞めつけながら、大泣きした。こんなに泣いたのは、小学校低学年のときに陸翔からドッジボールをお尻にぶつけられて以来だ。前回も陸翔が原因じゃんか。陸翔、絶対許さん。
次の日の朝、わたしは陸翔に会いたくなくて、遅刻ギリギリの時間を狙って家を出た。あらやだ反抗期? って笑いながら仲良く夫婦で先に出勤していった両親に気分を逆撫でされながら陸翔の家の前を過ぎようとしたとき、とっくに登校しているはずの陸翔が門を開けてわたしの前に現れた。
「あ、璃空も寝坊?」
「――」
白々しい陸翔に、一度目を合わせてすぐに逸らす。仕度に時間をかけられた分、今日のわたしの睫毛はばっちり上向きだ。お目目ぱっちり。目力は当社比2割増しだ。
陸翔の前を素通りすると、
「璃空?」
陸翔の声のトーンが変わった。
「りーく?」
(こんな声出すくせに)
どうしたの、なにがあったの? 声音だけで本気で心配してくれているのが分かる。
同時に、バレバレの偽装工作も。
家が近所で同じ学校で、部活もしていないし登校時間も同じくらいだからいつも会うんだって思い込んでいたけれど、陸翔わざとじゃん。
(あーもうっ)
歯を食いしばっても、目に涙が溜まってくる。
待ち伏せするみたいな。一緒にいたいからってそこまでする?
「璃空? どうした? 家でなにかあった?」
わたしを甘やかす穏やかな声。それでも無視して歩いていれば、後ろからそっと肘を掴まれた。まったく力の入っていない優しい拘束。お尻にあたったボールが痛くて泣いたあの日、『女の子と男の子とでは力が違うのよ』ってお母さんにいわれてから、陸翔はわたしに優しくなった。校内行事で手を繋ぐときだって、それまでみたいにふざけて力比べしてくることはなくなった。鼻の奥がツンと痛い。
「璃空、こっち」
目も合わせずにだんまりを続けるわたしを、陸翔が歩道が広くなっているところまで連れて行った。道路側にいるのはいつも陸翔。
「陸翔」
「なに?」
返事をする陸翔の瞳はどこまでも優しい。――腹立つくらいに。
「え、なに? 璃空、目、据わってるんだけど……」
「陸翔、今日も延期?」
「なにが?」
「告白は今日も延期ですかって聞いてるの」
「ええっ!?」
「今日も延ばし、明日も延ばし、その次も延ばし……。順延順延順延。なんなの? 陸翔はいつになったらわたしに付き合おうっていうのっ!?」
優しいくせに、特別扱いするくせに、わたしのこと好きなくせに、女の子として見ているくせに。そう思ったら、ずっと我慢していたとびきりのわがままなセリフが口を飛び出した。
さすがの陸翔も面食らった顔をしている。
――ああ、失敗した。わたしは少女漫画の主人公みたいに、お姫様みたいに告白されたかったのに。付き合おうっていわれて、『はい』ってはにかみたかったのに……。
「えっと、璃空……」
「……」
「なんかごめん?」
「ごめん『はてな』ってなにっ!」
謝るときの頭になんかだなんて、ものすごく不愉快だ。
「えっと、ごめんね。告白、そんなに待ってた?」
「うぐっ……」
どんなときでも声を荒げることをしない陸翔が、真剣な表情でわたしを見下ろしている。どんなに喧嘩をしても、もう知らないってわたしが背を向けても、いつだって陸翔はわたしから目を反らさずに向き合ってくれた。
(だから身長差があるの、嫌なのに……)
凪いだ濃茶の瞳に見つめられる自分は、どうしようもなくちっぽけだ。陸翔は賢い。感情的になった人間相手でも向き合ってコミュニケーションをとることができる。
今だって、『だったら璃空から告白すればよかったじゃん』てぶった切らない。
(わがままいっても、癇癪ぶつけても、陸翔は聞いてくれるって、知っていて振る舞うわたしは子どもだ)
だから、せめての意地で泣かない。わがままで人に迷惑をかける女の顔は醜い。泣いたらさらに不細工になる。わたしがかわいくありたいのは、陸翔にそう思ってほしいからなのに、すぐにカッとなる性格はなかなか治らない。
陸翔はいつだって穏やかだ。眦を吊り上げることもなければ、怒りで顔を赤くすることもない。陸翔はいつだってきれいだ。
「璃空がそんなに楽しみにしていたなんて思わなかったんだよ。だってほら、実際付き合っているようなものじゃん?」
「はっ?」
「違うの? 璃空だってそう思っているくせに」
飄々といいあてられて、カアッっと頭に血が上る。
「だから、付き合おうとか恋人になろうとかっていうのは、名付けみたいなものじゃん。あ、キスとかはするようになるけど、関係性が変わるわけじゃないっていうか」
「キ……」
(陸翔とキス……)
さらっと出てきた恋人ワードに、うっかり陸翔の唇に目をやってしまって自爆する。
(ひやあっ! ダメダメ、なに見てんのっ。変な汗出てきたっ)
「あ、ほら、その顔。ほらね」
パタパタと熱くなった顔を手で扇ぐわたしの手首をふいに握って、陸翔は目の高さを合わせてきた。唇が近づいて、心臓がどきどき暴れまわる。
「思った通りだ」
「な、なにがっ」
「かわいい顔を見る楽しみを先延ばしにしてたんだよ。絶対かわいい顔するじゃん。普段ツンケンしてるけど、璃空、好きっていったら絶対照れるじゃん。絶対普段しない顔するじゃん。そう思ったら、早くそれを見たいなって思うのと同じくらいに、もったいないなって想いが湧き上がってきて」
「はああ?」
「だって、一度きりなんだよ。付き合ってくださいっていわれた璃空を見れるのは、一生のうち一度だけ」
「えええええー……」
大馬鹿な熱弁をする陸翔のまなざしは、大真面目だ。
「璃空だって、告白されるのこれが最初に最後になるんだから、これくらいの焦らしはいいじゃんか」
「はあっ? なんで最初で最後って決めつけるの」
「はあ? 横に僕がいるのに、なんでほかのやつが璃空に好きだっていうのさ?」
「えええええ……」
わたしも大概だけれど、陸翔も相当だ。わたしが陸翔以外を好きになるなんて微塵も思っていないし、疑ってもいない。
「自信家過ぎない?」
「自分だってそうなくせに」
「……ぷっ」
「ははっ」
恨めし気に睨み合って、だけど徐々に唇がムズムズし始めて、それからわたしたちは同時に吹き出した。
「双子ちゃん、またね~」
「またね~」
恋人になってもわたしたちは『双子ちゃん』のまま。だけど、やっぱりどこか甘くなってしまう部分はあるみたいで、優理子や仲のいい友だちからそれっぽく揶揄われることもある。
「ちょっとりくりく、いちゃつくならさっさと帰って」
「璃空だの陸翔だの、名前呼び合ってるだけで胸焼けする」
「えー、意味分かんない」
「ははっ、璃空、帰ろうか」
分かんないなんて嘘。お互いの名前を呼ぶ声が以前よりも甘やかなのは、ちゃんと自覚している。自分そっくりの、自分のために用意された特別な響きの名前。
「そういえば璃空、告白の言葉、なんだったの?」
恋愛が絡んだ揶揄いなんて初めてで、わたしはここ数日浮かれっぱなしだ。だけど、こっそり耳打ちされた親友の言葉に、はたと目が覚めた。
(あれ? そういえば……)
「陸翔? わたし、告白されてなくない?」
「ん?」
「付き合おうっていわれてなくない?」
「ん?」
教室の真ん中で胸元に縋りついたわたしを見下ろしていたずらっぽく笑みを浮かべた陸翔と、その周りでドン引きした友人たちの表情は、漫画として読めば微笑ましいコマなんだろうけれど。
「ちょっとっ! どんだけ延ばすのよっ!」
「ははっ」
待ち望んでいる好きな人からの告白は、いまだ順延を繰り返している。
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