第三章

1/1
前へ
/12ページ
次へ

第三章

 意外に早くその時は来た。  告知してから一週間後。  仕事の帰り道で学校にヒロキを迎えに行く帰り道。  体に激痛が走り、自ら救急車を呼んだは良いが救急隊が来た瞬間に気を失ってしまった。  気がつくと病院のベッドで寝ていた。  天井。ライトの光。  俺の顔を覗き込む医者と看護婦の顔。  誰が叫んでいる‥‥誰だ?  口には酸素マスク。  息苦しい。  機械音が鳴り響く。  誰かの叫び声。  何やら医者がせわしなく叫んでいる。  胸に何かが当たり、雷に打たれたような凄まじい衝撃が走る。  その度に俺の体が無意識にドン!と跳ね上がる。  「1、2、3!!」  ドン!  ああ。俺。死ぬのか。  こんなに早く人生の終わりが来るなんて。  何にも無い人生だった。  悔やむような事も、チャレンジも何もしない人生だった。  その分傷つく事もなかった。  そうやって他人にも自分にも期待せずに生きて来た。  死ぬ前は走馬灯のように思い出が蘇ると聞いた事があるが、何も蘇らない。  本当に何もない人生だったんだな。  やり残した事?  あるわけ‥‥  ん?  やはり、何か聴こえる。    この声‥‥  ヒロキ‥‥ヒロキなのか?  叫ぶような甲高い子供の声。  ヒロキが俺の名前を呼んでいる。  全然懐かないヒロキが、死に向かって流れている俺を必死で止めようとしている。  あの子がまさか。  でも、今、確かに俺の名前を呼んでいる。  あったじゃないか、やり残した事が!  俺はあの子を育てるんだ。  最後まで。  なあ、良いだろう?それくらいのワガママ、聞いてくれても。神様。  何も望んで来なかった俺がたった一つ望んだ事くらい叶えてくれても。  だから、  頼む!  寿命を延ばしてくれ!!
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加