一 忘れたい

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一 忘れたい

一 忘れたい  四月、桜が咲き、多くの若者がが希望に胸を膨らませるフレッシュな新入学の時期だが、水嶋卓はどっぷりブルーな気分にハマっていた。  本当なら愛娘の小学校入学というワクワクする行事を迎えていたはずなのに、今はその娘に会うこともできない。  半年前に離婚して、生き甲斐だった五歳の愛娘が元妻と一緒に離れていってしまい、ひとりぼっちになった卓。  元妻の浮気が原因で、本当なら親権を争えなくはないのだが、娘の「ママと暮らしたい」という希望があり、やむなく和解して親権を諦めたのだ。  このところ、荒んだ心を酒で誤魔化そうと、酒量が増えている。 「う〜〜ん‥‥‥」  目を覚ますと頭が痛い、昨日また飲みすぎてしまったみたいだ。  体を起こした卓は、そばに何かが落ちているのに気が付く。  それを手に取る卓。よく見るとそれは女物のTバックショーツだった。 「えっ‥‥‥!」  ありえないものがあることに驚く卓。  昨日の夜のことを思い出そうとするけど、途中、二軒目に移動したあとのことが思い出せない。  普段はTシャツにパンツで寝ている自分が、今は全裸なのに驚き、あわてて飛び起きてベッド脇に落ちているパンツを履き寝室を出てリビングに行く卓。  リビングダイニングには電気が付いている。 「ガチャ!」ドアをあけた卓に「おはよう!」と声がかかる。  慌ててキッチンのほうを見ると、いかにもギャルといった感じの若い子が裸エプロンで立っていた。  化粧してない感じであどけないJKくらいの年齢に見える。 「エプロンあったの借りたよ。こういうの好きでしょ、裸エプロン」  裸のお尻を突き出してポーズをつける女の子。 「え〜〜っ」と驚きの声をあげる。 「き、きみは誰?」と恐る恐る聞く卓。 「え〜っ、忘れちゃったの〜、昨夜はアタシのおまんこにむしゃぶりついてたのに‥‥‥」 「うそ‥‥‥」  全く覚えてない卓だが、どう見ても女の子を家に連れ込んでセックスしたとしか思えない状況。  落ち着け、落ち着くんだ。  深呼吸してダイニングに入っていく卓。 「冷蔵庫勝手にあけて使わせてもらったよ。おじさん一人暮らしなのに結構色々料理してるんだね〜。食材や調味料がかなり揃っててびっくりしたよ〜」  調理しながら女の子が言う。 「いや、まだ三十二歳だからおじさんって歳でもなんだけど‥‥‥」 「え〜っ、十分おじさんだよ〜」  そうか〜、若い子からすれば三十すぎはもうおじさんなのかな、と思う卓。  料理の乗った皿を持ってくる女の子。 「ちょっとがんばっちゃった」 「美味しそうでしょう、エッグベネディクトって知ってる?」 「え、いや、はじめてだけど‥‥‥」 「じゃあ食べよう。コーヒー、スティックのがあったからそれで淹れた」 「あ、うん」  とてもギャルっぽい子が作ったとは思えない、レストランで食べるような料理に驚く卓。 「暖ったかいうちに食べよう。けっこう自信作!」 「あ、ありがとう‥‥‥」  一口サラダを食べて、そのあとエッグベネディクトを食べてみる卓。  半分にカットすると上の卵がトローリと流れ出し、それもすくうように口に入れる。  かかっているソースも美味しくて驚いてしまう。  美味い!こんな美味い朝飯は久しぶりというか、はじめてかもしれない、と思うおいしさだった。 「すごく美味いよ」 「でしょう〜! やったね!!」と嬉しそうな女の子。 「レモンが野菜庫にあったからオランデールソース作れたんだよ。でもイングリッシュマフィンがなかったから食パンをカットして代用にしたんだけどね」 「‥‥‥あの、昨晩のこと‥‥‥」 「そんなの食べたあとでいいじゃん」  そう言って美味しそうに自分の作った料理を食べている女の子。  ギャルっぽい見た目だけど、こんなに繊細で美味しい料理を作れることに感心する卓。 「ご馳走様、おいしかったよ」 「仕事は何時から?」 「あ、俺テレワークだから基本は一日家なんだ」 「ふ〜ん、そうなの‥‥‥じゃあゆっくり寝れるんだ」 「まあ、でもオンラインミーティングとかあるから‥‥‥」 「へ〜っ、そういう仕事もあるんだね〜」と感心する女の子。 「あの、君とはどこで‥‥‥」 「昨日アオハルで一緒に飲んだじゃない。アタシもかなり飲んでたけど、でもおじさん相当酔ってたよ」  BARアオハルに行った記憶はないが、行きつけだから、おそらく三軒目に行ったんだろう。 「ごめん、全然覚えてないや‥‥‥」 「結構荒れてたよ、娘を返せ〜、って叫んでたし」 「えっ、そ、そうか」 「離婚して奥さんに娘さん連れていかれちゃったんだって言って‥‥‥」 「‥‥‥そんなこと言ってた? まあそうなんだけど‥‥‥」 「アタシが帰りたくない、って言ったら、ウチにこいよ。朝までセックスしようぜって」 「それでした、の‥‥‥?」 「え、それも全然覚えてないの?」 「ごめん‥‥‥」 「ま、いいけどさ。アタシもたまに記憶なくなるまで飲んじゃったりするし」 「ホントにしたの‥‥‥?」 「うん。おじさんのチンポ、長さはまあまあだけど、カリがすごく張ってて、反り具合とか硬さもいいし、アタシのおまんことの相性バッチリで、何度も逝っちゃったよ」 「避妊とかは‥‥‥」 「え、してないよ。生でアタシの中にたっぷり注いだじゃない、『また子供作るんだ〜、孕め〜〜』って叫びながらすっごいいっぱい出してたし‥‥‥」 「えええっ!」 「あ、でも大丈夫、ピル飲んでるから」 「ふ〜っ、よかった〜」  安堵のためいきをつく卓。 「何それ、昨日は『孕ましてやるぞ〜』って言いながら奥に出してたのに‥‥‥」 「ごめん‥‥‥」 「君、学生じゃなさそうだけど、仕事は? いかなくていいの?」 「あ〜、アタシは午前中なんにもないから大丈夫。今からまたセックスしてもいいよ」 「あ、いや、それは‥‥‥」 「何の仕事してるの?」 「アタシ? うん、体売ってるんだ。パパ活ってやつ? お金もらってセックスするのが仕事」 「えっ?」 「あ、でも昨日のはプライベートだから無料だよ。おじさんとしたの気持ちよかったし。久々に中出しされてすごく感じちゃった」 「えっ、そうなの」 「お客とはゴムつけてもらうようにしてるからさ、病気とかイヤだし」 「じゃあなんで?」 「おじさん遊んでなさそうだし病気もってなさそうだったし、それに泊めてもらったからね」 「‥‥‥そう、なんか、全然忘れちゃってて申し訳ない」 「じゃあ、昨日のセックスのことも忘れちゃってるんなら、またセックスしたら少しは思い出すんじゃない?」 「いやいやいや、さすがにそれは‥‥‥」 「したくないの? アタシ、おじさんとならまたしてもいいよ。お金いらないから」 「うん、ありがたいけど、このあとオンラインミーティングとかもあるし‥‥‥」 「そうなんだ、じゃあ片付けて引き上げよっかな」 「あ、いや片付けはいいよ。こんなに美味しい朝ごはんご馳走になったし」 「おいしかったでしょ。アタシ、そんなにいろいろ作れるほうじゃないけど、今日のは得意なの。ウチのお母さんが大好きだったやつ」 「そうなんだ‥‥‥。大好きだった、ってことは?」 「うん、死んじゃったからね」 「ごめん、変なこと言って」 「あ、全然気にしないから大丈夫。おじさんへんなところでまじめなんだね」 「はははは‥‥‥」 「じゃあ着替えて行こうかな‥‥‥」 「このへんに住んでるの?」 「まあね、駅前近くに」 「そうなんだ」  エプロンを外すと若い裸が眩しい。  スタイルも細身なのに胸が大きく、すばらしいプロポーションをしている。  寝室に行って脱いだ下着や服を着て戻ってきた若い子。 「じゃあ行くね」 「あの‥‥‥昨日は付き合ってくれてありがとうな」 「うん、いいってこと」 「荷物は?」 「このバッグだけ、じゃあね、おじさん」  そう言って女の子は出ていった。  すごく不思議な子だな。見た目はギャルっぽくて遊び人風で、貞操観念とかもない感じなのに、だけどあんなに手間がかかる料理をちゃんと作ったり、調理しながらある程度洗いものもやってくれてたり、外したエプロンもきちんと畳んでたり、きっと母親の躾がよかったんだろうな、と色々と思わせる子だった。  二日酔いの薬を飲んで仕事に入る卓。  気が付くとランチも食べずに夕方になっていた。
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