虹色の油膜と黒い奇跡

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 生きては帰れない。その代わりに家族の生活が保障されるだけの大金が得られる。この階級が上等兵から始まる女子志願兵の応募には主に貧しい家の子が応募してきた。 【上級女子志願兵大学校】 学校名は普通の女子志願兵学校と明確に区別された。学ぶ年数も異なる。普通の女子志願兵学校は一年で卒業し二等兵になる。しかし、上級女子志願兵学校は大学のように四年間学ぶ。内情は遺伝子改造手術を受けて黒い原油を吐き出せる年月の限界が四年というだけだ。大学校とは名ばかりで、フォアグラを育てるように美味しい食べ物をたんまりと食べさせられる。栄養をよく摂取した方が吐き出す原油の質がいい。  十六才から二十歳くらいの女子を集めて戦時下とは思えないほど娯楽も充実感している。プール、ゲームセンター、カラオケ、バスケットボールコート、図書館、音楽ホール、美術室、どこも無料で好きな場所で思い思いに遊べる。服や化粧品は軍御用達のネット通販で一人月7万円まで買い放題。 高校生や大学生が食費や家賃以外で月7万のお小遣いが貰える。家族への仕送りが月20万円、軍人年金の掛け金が月10万円。軍人年金は退官すると利回り10%が保証されている。毎月10万円預ければ1万円の利息がつく。10代~20代前半の学生で37万の高給取り。原油が吐けなくなって上等志願兵になれば月給は70万。下手なサラリーマンを越える年収だ。  この大学校に一人の軍人が赴任してきた。大学校と名付けたからには、建前として授業をやる必要がある。遊びに忙しく授業の参加者は殆んどいない。一人教室に入り、誰もいない教室で数学や物理の授業をする。男子の兵役はいつの間にか義務化され、裕福な家は日本国内勤務の安全な閑職を求めた。葉山実も実業家の家に生まれた裕福なお坊っちゃんだ。兵役には素直に応じて命を失う覚悟もした。口にすれば思想犯として捕まるから言わなかったが、この戦争には負ける。裕福な家で国外に逃げそびれた上流階級は知っていた。知っていても体面のために兵役に応じる。ちゃっかりと両親や親族は後ろで軍に手を回して策を講じた。優秀な成績で士官学校を卒業したのに配属先は【上級女子志願兵大学校】の教員。この学校の実態を知ったときには数日食事が喉を通らなかった。  若い女に旨いものをたらふく食わせ黒い原油を吐き出せる。上手く原油を吐けない女には下働きの男が背中を叩く。女達の口からどろっとした真っ黒な原油が吐き出される様は地獄の罰を受ける罪人のそれと同じように見えた。 貧しい暮らしに耐えきれない若い女を集めて、原油が吐けるように遺伝子を改造する。原油を吐けなくなった女は上等兵として女子志願兵へと【昇進】して、激戦地へ配属される。この大学校の卒業生で、【戦地から生きて帰ってきた者は一人もいない】のだ。大学校の教室の黒板の上には、「総員玉砕、万歳!○○○○名」と書かれたポスターが掲示されている。  葉山実は、狂っている、この国は錯乱して取り返しのつかない事をしていると配属からしばらくは上手く寝付けなかった。 (激戦地配属だから帰れないのではない、恐らく現地で始末されているな。男の兵は100人に1人くらいは激戦地から帰還しているのに) 寝返りを打って親のコネで軍人になっても安全な閑職についた後ろめたさを誤魔化そうとしていると、先輩の楢橋裕哉が酒瓶を片手に入ってきた。 「おう、葉山。お前まだ寝るのは早いぞ。飲むか?」 「は、はい!ちょうだいいたします」 先輩が入室してきたので、慌てて起き上がり敬礼する葉山。 「まあまあ、かしこまるな。気分のいいものじゃないよな。寝つきも悪くなる。飲め、酒を飲んでよく眠れ。若い女の遺伝子を改造して原油を吐く精製装置にするなんてな。原油が吐けなくなれば女子志願兵という名の軍人の女にされて、激戦地で一人残らず始末される。やりきれん話だ」 「こんなことをして…勝てるのでしょうか?」 「十中八九近いうちに日本は負ける。戦争に負けてもこの原油を吐く人間を作る技術を売るつもりだろうな。技術立国日本万歳さ」 「技術を売るとおっしゃいますが、このような非人道的な技術が売れますか?」 「表では売れないから闇ルートだろうな。戦後処理でもこの上級志願兵女子大学校は無かった事にされるだろう。共産主義だろうが資本主義だろうが、どちらの連合軍側もこの技術を欲しがって競売が始まる。人の命が臓器単位で売買されるような治安の悪い新興国も飛び付く」 「大っぴらに出来ない後ろめたい技術で儲けるんですか。どうせ負ける戦争ならこんな人権意識の欠片もない原油の精製などしなければいいのに」 「負けるとわかってるから出来るのさ。勝てる戦争でやったら世界中から非難轟々だ。戦況の悪化で経済はガタガタ。敗戦となれば通貨の円は紙切れだ。闇だろうが後ろ暗い所があろうが技術を売り付けて金を稼ぐ。金が幾らあっても足りない戦後復興まで見据えて上は動いてる」 「彼女達はそのための犠牲ですか?」 「ああ、そうさ。恨むなら金のない親とアメリカが助けてくれるとたかを括っていた国の上層部を恨むことだ。俺達はただの歯車で何の権限もない。与えられた役目を黙々と果たすのみ」 楢橋が冷やの日本酒をぐいっと煽る。葉山もコップになみなみと注がれた日本酒を飲み干した。酔いが回って寝つきそうなときに楢橋は部屋を去り、代わりに誰かが部屋に入ってきた。
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