第二話 振り下ろされる剣

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第二話 振り下ろされる剣

「なるほど。貴様の言わんとしていることは大体解った…」  剣を構えた女性は目を細め、そう呟いた。 「…それはありがたい。言っておくが、僕はソレイア王宮直属の特殊部隊にいたんだ。戦力は甘く見ない方がいい」  ブラッドレインは得意げにそう言うと、又ナイフをくるくる回す。  さっきよりもスピーディーに、より器用にだ。 「…何をして職を失った?王族に仕えていた者が、落ちぶれたものね」  女性は、鼻で笑いながら尋ねた。  ブラッドレインは眉根を寄せて首を横に振る。 「勘違いはよくない。僕は自分で辞めたんだ」 「…そ。どっちでもいいけどね。どうせ今夜、貴様は死ぬ」  女性は、更に膝を曲げ、ブラッドレインへ向かって飛び込もうとする様を見せた。  だがその瞬間、ブラッドレインは、後ろの腰から拳銃を取り出し、早撃ちをしてみせた。  いつ拳銃を抜いたか、視認するのが難しいほどの早さだ。  バンッ!  乾いた銃声が、路地裏に反響する。 「剣士相手に、ナイフ一本で戦うと思ったか?」  女性は自らに飛んできた弾丸を、その弾道から左に避けた。  弾丸のスピードを避けるその女性の動きは、人のそれではない。  さっき、ブラッドレインのナイフが当たらなかったのも、この動きが理由なのだと、信じられないながらもエレナは理解をした。 「そう避けると思ってたよ」  しかし“剣士の技法”を用いて、弾丸を避けた女性の目の前に、ブラットレインは既に急接近していた。 「連続ではその動き出来ないんだよなあ!」  逆手に持ったナイフを、下から逆袈裟で切り上げるブラッドレイン。  女性はしなやかに、そして凄まじい反射神経で、その刃をスウェイバックでかわす。  ナイフの切っ先は、女性の靡くブルネットの髪を僅かに切り落とした。  しかし、大きく腕を振り上げた状態になったブラッドレイン。その隙に対し、女性は構えていた剣をフルスイングする。水平且つ円を描くように、大輪斬りのカウンター攻撃だ。 「ヒャッハー!」  ブラッドレインは、裏返るような大声を上げ、自分の身に襲い掛かる刃が触れないように更に距離を縮め、女性の懐に入り込む。  フルスイングした女性の腕がブラッドレインに当たるが、それは大したダメージにはならない。 「チッ…」  思わず舌打ちをする女性。  逆袈裟で大きく振り上げたナイフを、今度は突き刺すために、女性の頭部目掛けて切っ先を向けるブラッドレイン。 「ひゅううっ!」  奇声を出し、素速く下に刃を突き立てた。  互いにほぼゼロ距離の状態で、剣が活かせない女性は、咄嗟に両膝を脱力し“くの字”にした。そして体の軸を固め、両膝を爆発的な力で真っ直ぐに跳ね上げ、左肩をブラッドレインにぶつけた。  両脚から発生させた力を、肩に乗せて放った、まさに肩を使った打撃。  女性の放った近距離からのショルダータックルは、ナイフの切っ先が触れるより速く、ブラッドレインを後方に吹っ飛ばした。  その瞬間ゴッ!という鈍い音が鳴る。 「ぐおっ!」  胸部に激突した女性の肩には、腕に装着しているものと同じ黄金色のプロテクターが着いていた。  そのため、思いの外ダメージを受けたブラッドレインは、思わず呻き声を漏らした。  女性は吹っ飛ばしたブラッドレインに追撃を仕掛けるため、“剣士の技法”を用い、地面に着地する前のブラッドレインの目前に飛び込んだ。 「剣士と言えど、女と思って油断したぜ!」  女性の剣の射程に入ったブラッドレインは宙に浮いているために、回避行動が取れない。  それでも銃口を女性に向けて、一発発砲した。  バンッ!と火花を散らす拳銃。  しかし苦し紛れの発砲など、先読みしていた女性は見事にかわした。 「もらった!」  そして女性は張りのある声でそう叫ぶと、剣をブラッドレインに向けて袈裟に叩き落とした。  キーンッ!という激しい金属音が路地裏に反響する。  ブラッドレインが振り下ろされた剣をナイフで受け止めようとしたのだ。、  パッと散る火花。  命を繋ぐための苦肉の策とも言える防御。  しかし女性の持つ剣、“Guardian of justice”はミスリル銀製。  鋼鉄よりも硬く、そして軽いそれで造られた剣は、ナイフごとブラッドレインを叩き斬ったのだった。 「ぐおっ!」  額から顎へ、そして胸部から腹部まで斬り裂いた容赦のない一撃が、殺人鬼の命を奪った。  血飛沫を上げながら倒れるブラッドレイン。  刃が真っ二つになったナイフと、拳銃が遅れて地面に落ち、石畳はたちまち血の海となっていった。  女性は絶命したブラッドレインを見下ろすと、ふうっと深呼吸をした。そして剣を振り抜き、ヒュンッと音を立てて空を切り裂くと、その一瞬で刃に着いた血の跡が消える。  強かった。  戦い終え、女性はブラッドレインに対しそう感想を持った。  一分にも満たない戦闘だったが、生死を賭けた実戦は、スポーツのようなドラマティック展開にはならず、呆気ないもの。  結果、女性は勝ちはしたが、剣士の特性を知り、先手先手で攻めていたブラッドレイン。彼が勝っていてもおかしくはなかったと、自らの未熟さを反省した。  女性は鞘を拾い、剣を納めると、地面にへたり込んだエレナに近づき、手を差し伸べ、「大丈夫、危険は去った」と優しく微笑んだ。  そんな女性のブルネットの髪が美しく靡く。そして薄暗くとも、今の戦いの中で、女性の顔に汗がとても滲んでいるのが分かった。  人が武器を持って死闘を演じるという非日常的な光景を、初めて目にしたエレナだが、女性が如何に集中し、命を賭けて戦ったのか、その汗を見て理解した。  そしてエレナは涙を流しながら、女性に感謝の言葉を述べた。  ブラッドレインの発砲した銃声を聞きつけた者がいたのか、警察に通報があったのだろう。遠くからパトカーのサイレンの音が近づいてくるのが分かった。  女性はその音を聴くと、エレナの前からそのまま立ち去ろうとした。 「あ、あの!」  エレナはその女性を呼び止めた。  女性がやったことは殺人。法はそれを許さないことは、エレナにも理解は出来た。だから女性は、警察がやってくるこの場をすぐにでも去りたいのだろうとも。  でも、彼女は間違いなく“正義の人”。だからエレナは知りたかった。  絶体絶命だった自分の命を救った女性の名前を…。 「お名前…聞いてもいいですか?」  女性は足は止めたが、エレナの方を振り向こうとはしたかった。そして一瞬間を空けた。 「…セルティ。私の名は、“セルティ・ハレンベック”」  そう言い残し、闇夜の中に、女性は姿を消したのだった。 「ありがとう…セルティ」  その後、駆けつけた警察に保護されたエレナは、聴取の際に当然その名を口に出すことはなかった。
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