近い!

3/4
前へ
/141ページ
次へ
自動ドアを出て緩やかな階段を下りていると、すぐ後ろからズダッと音がして、吾郎は振り返る。 安藤が足を滑らせて、手すりにしがみついていた。 「ちょっと、大丈夫?」 慌てて駆け寄って手を貸す。 「あ、はい。大丈夫です。すみません」 そう言って謝ってくるが、顔がまた至近距離に寄せられる。 (いや、近いから!) 吾郎はさり気なく後ろに下がった。 「眼鏡屋さんまでどうやって行くの?」 「えっと、ここから駅まで歩いて、電車で自宅の最寄り駅へ行きます。そこから歩いて10分のところに、行き付けのお店があるので…」 「果たして無傷でたどり着けるのやら…」 小さく呟くと、ん?と安藤が顔を近づけてくる。 (だから近いって!) 吾郎は後ずさると、安藤に提案した。 「それなら俺が車で送るよ。眼鏡なしだと、ロクに歩けないみたいだから」 「いえ、そんな!これ以上都筑さんにご迷惑をおかけする訳にはいきませんから!」 身を乗り出して力説するが、とにかく近い! 吾郎は安藤の腕を取ると、ゆっくりと歩き出した。 「ほら、つべこべ言わずに行こう。眼鏡屋さん、閉まっちゃうぞ?」 「え!それは大変!」 吾郎は駐車場に停めてあった車まで行くと、助手席のドアを開けて安藤を促す。 足を段差に引っかけてつんのめる安藤を、「おっと!危ない」と後ろから抱き留め、なんとかシートに座らせた。 ふう、やれやれと運転席に回ると、安藤がまたグッと顔を寄せてきた。 「都筑さん、本当に申し訳ありません。このご恩は決して忘れません。必ずや後日お返しを…」 「うん、分かった。それはいいから、とにかく近い!」 「は?」 「いいから、シートベルト締めて」 「あ、はい!すみません」 安藤は慌ててシートベルトに手を伸ばすが、バックルの位置もよく見えないらしい。 吾郎は安藤の手を上から握って、カチッとバックルに差し込んだ。 「ありがとうございます」 「どういたしまして…って、近いから!」 このままだと唇が触れそうだ、と、吾郎は顔を離して前を向き、ハンドルを握った。
/141ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1646人が本棚に入れています
本棚に追加