営業デビュー

2/5
前へ
/141ページ
次へ
「お、いらっしゃったぞ」 ウィーンと自動ドアが開くかすかな音がして、原口と安藤は姿勢を正す。 「いらっしゃいませ」 深々とお辞儀をする二人の近くで、なぜだか吾郎もカチコチに緊張しながら頭を下げた。 どうにも安藤のことが気になってしまい、他にお客様もいないことから、吾郎も近くで見守ることにした。 「こんにちは。4時に予約をした深瀬(ふかせ)と申しますが…あ!吾郎さん!」 急に名前を呼ばれ、え?と吾郎は顔を上げる。 「やっぱり会えた!やっほーい」 「亜由美ちゃん?!」 ヒラヒラと片手を振ってみせる亜由美に、吾郎は目をしばたかせる。 「どうしたの?なんでここに?」 「ん?もちろん、マンションを見に来たの。前に透さんが、ここはどう?ってパンフレット見せてくれてね。私が、いいね!って言ったら、じゃあ見ておいでって。俺はモデルルームに行ったことあるから、亜由美の好きな部屋、申し込んで来なよって」 うひゃー!と吾郎は仰け反る。 「さすがだな、あいつ。軽い、軽すぎる!スーパーで好きなお菓子買って来なよ、みたいなテンションだな」 「そう?重い買い物ってどういうの?」 「それは、まあ、じっくり二人で話し合って決めるとか…」 「ええー?私、そういうの苦手なの」 でしょうね、と吾郎も頷く。 「お二人がいいなら、もちろんそれで」 「うん!楽しくお買い物しまーす」 「ははは…。何千万のお買い物をね」 するとそれまで二人の様子をうかがっていた原口が、控えめに声をかけてきた。 「あの、もしかして都筑さんのお知り合いの方なのでしょうか?」 「あ、はい。以前お話した、結婚したばかりの同僚の奥さんなんです」 「ああ!おっしゃってましたね。なるほど、ご紹介ありがとうございます。それでは、早速奥様をご案内させていただきます」 「はい!よろしくお願いします!」 亜由美は元気いっぱいに答えて、楽しそうにモデルルームに足を踏み入れた。
/141ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1654人が本棚に入れています
本棚に追加