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念押ししてくる須藤に、朝日は戸惑いながらも首を縦に振った。
「……はい。もちろん、僕もここの社員なわけだし。与えられた仕事は頑張って取り組むだけです。ただ、僕は――」
「なんだ?」
促され、朝日はずっと心に引っ掛かっていた事を口にした。
「実は僕自身が、恋愛ってしたことがないんです。だからどこまで会員様の気持ちに寄り添って物事を考えられるのか、いまひとつ自信が無くて」
「恋愛をしたことが無い? 嘘だろう? お前幾つだよ」
「もうすぐ三十路ですが、でもなんか恋愛するようなチャンスが無くって」
何となくバツが悪いような気がして、デスクに並べたままの封筒へ手を伸ばす朝日だ。
宛名書きや礼状などは未だに手書きの方が主流である故、朝日もせっせと手書きで宛名を書いていた途中だったのだ。
その手元を見て、須藤はポツリと言葉をこぼす。
「……利き手を右に変えたのか?」
「え? ああ……昔は左だったんですが、やっぱり不便でしょう? 専門店に行かないと左利き用のハサミも売ってないし。だから少しずつ右手を遣うように矯正して……って、なんで社長が、僕が昔左利きだった事を知ってるんですか?」
なんとも不思議な話だ。
朝日は頭の中にクエスチョンを浮かべながら、傍に立ったままの須藤の顔を見上げる。
すると須藤は、何だか困ったように笑った。
「いや、覚えてないならそれでいい」
「んん? もしかして、僕達ってどこかで面識在りましたか?」
しかし、右頬に傷跡のある男など朝日の記憶の中にはない。
顔に古傷を刻んだ、こんなに目立つ風体の男を忘れるなど、そもそも有り得ない気もする。
作業する手を止めて、もう一度じっくりと須藤の顔を見る朝日であるが。
次に起こった出来事に、完全に脳が動きを止めた。
なんと、須藤の方から顔を近づけて来たかと思ったら、そのまま朝日の唇にキスをしてきたのである。
「っ!」
驚く朝日に、須藤は悪童のようにニッと笑い返す。
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