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 その日は、蒸し暑い夜だった。  繁華街を通り過ぎ、ひと気の無くなった公園の端に建つ小さな劇場へ影が向かっていた。  海から吹き付ける潮風が土埃を含んで鉄錆を思わせる匂いに変わる。肌にまとわりつく湿気とあわせて、息苦しさが増していた。  緊張で口の中が少し乾く。喉が引きつって、彼はひとつ咳き込んだ。 「警察もようやくやる気を出したのか」  身軽に塀を跳び越えて、彼は音もなくロクセンという大地主が経営する劇場の敷地に入り込んだ。  彼は他人を巻き込む気はなかったから、明るいうちから動くことはしなかった。ならば夜に動くほか無いだろう。  仕事を終えて帰路につく者、娯楽を楽しんだ余韻に浸るため賑やかな街へ向かう者、その流れを利用して彼は闇に溶けてきた。  警察は当てにならないという噂通り、今までは警備らしい警備も無く動きやすかったというのに、どういうわけかターゲットにするべく選別していた施設付近ではここ数日警察の警備が強まって動きづらくなっていた。  その日の夜もまた、繁華街から公園にかけて警察が複数人うろついている影を見ている。どうやら施設内にも数人がいるようだ。  やりづらいと思いつつ、彼はそれでも腹をくくったように笑った。 「まあいい、どうせここで最後だ」  あらかじめ調べておいたルートを取って建物の内部に忍び込むと、彼は施設の中の、できるだけ安全に、しかし派手に吹き飛びそうな設備の下に潜り込む。  手慣れた動きで小型の爆弾らしきものを数個取り付けてから、劇場の外にあらかじめ用意していた装置を遠隔で作動させ、警備の目を引くような音を立てて人払いを済ませた。あとは戻ってくる警備に気をつけながら爆発する時間が来る前に逃げるだけだ。  しんと鎮まる施設の中を、彼は音を立てずに駆けていく。  世の中の目が、爆発事件を起こされた側に向けばそれでいい。彼はそれだけを思っていた。
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