面影草は夢の中

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「でも、うん。ああいう人と縁が出来たのは思いがけず僥倖だった。彼女は招き猫だったかな」  付け髭を剥ぎ、袖の長さの合わない上着を脱ぎ去って、シロヤマはソファーに背中を預ける。 「これで仕事が増えてくれるならいいんだけど……」  理由は収入になるから。ではない。  シロヤマの実家の財閥は祖父の頃から比べると勢いは衰えて来ているものの、それでも所帯も持たず独りで暮らす末っ子を養うくらいの余裕はある。つまりこの男、さほど苦労してまで働かずとも絵に描いたような贅沢と家に害成す悪ささえしなければ生涯少なくとも金銭面での心配は無くも等しく過ごせるのだ。  引きこもって本を読み、将来は売れなくても良いから物書きでもして暮らしたい。などと何とも世を甘く見た坊ちゃんらしい贅沢な事を言っていたそのシロヤマが、人と関わり足を動かし頭を使い、街中を走り回るような探偵業を始めたのは、タマノクラの街で起きているとある事件と関わりがある。  この数ヶ月の間。港湾、工場、企業の事務所、富豪の別荘。タマノクラ各地で爆発による火災事故が起きていたのだ。  巻き込まれた被害者は一人もいない。しかも被害を受けた側に後ろ暗いものが浮いて出てきて、犯人を擁護する者まで現れていた。  捜査が進まないのは警察側にも何やら探られては困る事があるんだろうと、疑いは多方面に散り、街中は憶測と興味本位の噂話で持ちきりだった。  次はどこの誰が狙われるのか、怖れを抱きつつも、一部では賭けの対象にもされていたとか。 「きっとまた爆破事件は起きる。今は人的被害は無いにせよ、もしもがあったら遅いのだから」  その前に事件を解決させる方へ向けなければと、静かに一人シロヤマは決意していた。  天井に向けて伸ばした腕が、白いシャツの裾から抜けた。肌には醜く歪んだ火傷の痕が刻まれていた。その先で力強く握りしめた拳の中には、十五年ほど前に起きた爆発事件の記憶がある。  シロヤマはそれに巻き込まれ火傷を負った。そして父母と幼なじみの親友を失っていたのだ。 「理由は何であっても、あんな悲しい思いをする人が出てはいけない」
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