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 油染みの付いた汚れた繋ぎの作業着。重たげに土を踏む鉄板入りの作業靴。汗が僅かに滲む額を拭う腕は工員にしては少し細い。体躯も周りにいる工員達と比べたら小柄なように見えてしまう。  そんな細身の小柄な彼に対して、重たそうな袋詰めの大きな荷物を指さして工場長は笑顔を向ける。 「これをあっちに運びたいんだ。持って来た業者が降ろす場所間違えちまって」 「ああ、そういうことですか。はいはい、いいですよ」  重たそうな資材の入った袋を軽々と両腕に抱えて、彼は顔色ひとつ変えずに歩き出す。  それを見ていた同僚たちから、おお。と感嘆の声が上がった。  こう見えて、彼はかなりの力持ちなのだ。 「いやあ毎回思うが、その細腕でどっからそんな力が出てるんだ」 「いやいや、このくらい何ともですよ」  軽く笑う声をかき消すほどの大きなタービンの回る音、金属を叩く音、やかましくも規則正しい旋盤の音。何を作っているのかは遠目からではわからないが、トタンの屋根が夏の日差しに陽炎を作るこの工場が、彼の職場だ。  資材を全て運び終えると、工場長はクロカワに向けて伺うように声を掛けた。 「なあクロカワよ。前にも言ったが、俺の姪っ子との話、真剣に考えてみちゃくれねえかなあ。お前は働きもんで真面目で賢い男だ。おまけにこんな場末で働くにしちゃお前はどこか品が良い。……どこでお前の事を知ったのかわからねえんだが、あっちはだいぶ乗り気みてえでよ」 「工場長……それについては以前はっきり断ったじゃあないですか」  そうした話題が振られるくらいには、彼はこの工場内で信頼を得ているようだ。  しかし彼はそれ以上を踏み込みはしない。興味は無いとはっきりわかるくらいには深いため息で返して、すみませんと頭を下げる。
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