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その日、夕飯の買い物を終えたわたしは、自転車で家に帰っていた。途中、信号待ちをしている時にポツリと冷たいものが頬に当たった。見上げると、いつの間にか空を黒雲が覆い始めているではないか。天気予報はずっと晴れになっていたのに、なんと気まぐれな空だろう。まだ洗濯物を取り込んでいなかったので、わたしはペダルをこぐ足に力を込めた。
角を曲がった時、突然眼前にトラックが迫ってきた。その瞬間、全ての感覚がスローモーションになり、わたしはここで死ぬのだと理解した。
わたしはまだ、死ぬわけにはいかない。神様がいるのなら、どうかもう少しだけ時間を。わたしは反射的に祈っていた。
「残念ですが、あなたはお亡くなりになりました。今から黄泉の国へご案内いたします」
まるでわたしの心の声に返事が帰ってきたようだった。
わたしはいつの間にか真っ白な空間に立っていた。灰色のローブを着た男が眼前にいて、微笑みながらわたしを見ている。
「どちらさまですか」
「わたしは黄泉の国への案内人です」
彼はゆっくりと頭を下げると、右腕をすっと上げた。彼の指す方向に虹色に輝く階段が伸びていて、天まで続いている。
「残念ですが、お断りします」
「断るとは」
「わたしはまだ死ぬつもりはありませんので」
彼は呆気にとられた顔をしてわたしを見つめる。わたしとしては至極当然の主張をしているに過ぎない。
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