エルフに娶られるようです

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エルフに娶られるようです

 異世界転生はチートで楽できるか、努力が報われて華々しい生活を送れるものと思っていた。  私が前世で読んでいた物語は、そういう話ばかりだったから。  前世の人生は途中から散々だった。  いろいろあったけど、最後のトドメは婚約者が不倫して破談になり、しかも結婚式場のキャンセル代を支払わずに姿を消されたこと。  お金を工面するため無理な働き方をした私は、体を壊した挙句に事故で死んでしまった。  未練はさほどないけれど、飼い猫のフクを残して逝ったのだけが心残りだ。  元保護猫で懐くまで時間がかかった分、デレがすごくて可愛かった。  部屋に残されたフクが発見されたのはいつだろう。保護されて、優しい新しい飼い主さんと幸せに暮らしいてほしい。    ――そんな記憶を今世の私が思い出したのは、5歳くらいのまだ幼い頃だった。 (まあ、今も16歳の子どもだけど)  あの頃は両親が健在で、突飛な記憶に戸惑いつつも、ここでは幸せになれそうだと希望を抱けた。  天涯孤独の今だったら、前世も今世もロクなもんじゃないと身投げしていたかもしれない。   「チリ、手が止まってる」 「ごめんなさい。これはどこに運べばいいの?」 「村長ん家に決まってるだろう。グズだね」  選り分けたジャガイモみたいな根菜を麻袋に入れ、徒歩10分ほどの距離を運ぶ。結構な重労働だ。押しつけられてうんざりするけど、年老いた相手の視力でも分かるよう大げさに笑って見せた。 「はーい。大きいのだけで大丈夫?」 「ああ」    笑顔を貼り付けたまま、麻袋を抱えて歩き出す。しばらく歩いてから振り向けば、さっきのお婆さんが気づいて手を振る。手を振り返してから、進むべき道を急いだ。少しは媚がうれただろうか。  お婆さんが見えなくなり、気が緩んだのか両腕が痺れてくる。一度袋を地面に下ろし、大きく伸びをした。  芋の選別作業で腰が疲れていたのにも気づく。腰をひねると視点が変化し、針葉樹と思われる背の高い木々がそびえる森と空で視界がいっぱいだ。    今の私は、異世界転生の定番ともいえるヨーロッパ風の文化が発達した国の端にある小さな村に住んでいる。  村人はみんな、幼くして一人になった私を何かと気にかけてくれる。……表向きは。  前世の記憶がなければ素直に受け取れた善意も、人生2回目だと首を傾げることも多い。  さっきまで一緒にいたお婆さんさんも、何かあればすぐに手の平を返し私を糾弾するだろう。芋の選別作業中、近所の噂話と悪口ばかりだったし、この予感は正しい気がする。後ろ盾が何もない私は、媚を売るしかない。 (いつかは街に出たいけど、そのお金を貯めるアテがないのがね)  学校が遠く、図書館もないこの村では満足に教育が受けられない。この村で暮らす分には基礎教育の最初さえできればこと足りる。都市部に出るなんて発想は、村ではマイナーすぎる。    異世界転生には定番のチートや前世の知識や技術も私にはない。  正直詰んでいる。    夢のない事実を今日も再確認したところで村長の家にたどり着き、呼び鈴に手を伸ばす。  すると勝手に扉が開いて、村長と美しい人が歩み出てきた。  エルフだ。こんなに間近で見るのは初めてだ。  この世界には前世でいう、エルフみたいな長寿種がいて、村の守り神的な存在なのだ。  何千年と生きる彼らはさまざまな知恵をもっていて、それを教わり私たちは生きている。  村で困りごとがあるとフラリと現れ、助言や、場合によっては自ら処方した薬を残して去っていく。  困りごとが解決すると、村人はエルフの住む森にお礼をそなえにく。そんな付かず離れずの関係を、千年以上続けているらしい。    そんなエルフと、私は初めて対峙した。やり取りするのは、村のお偉い方ばかりだったから。 (遠目でも綺麗だなと思っていたけれど)  手を伸ばせば届く距離で見ると、浮世離れした美しさに怯む。  日差しが強くないのに、全身がほのかに発光していた。なかでも銀の髪は、宝石を紡いだみたいにきらめいている。夜空をギュッと縮めたように深い藍色の瞳が私を写していた。思わず会釈する。 「あなただったのですね」  背を正すと同時に、頭一個分上から思いがけない言葉が降ってきて反応に困る。  表情を伺うけど分かりにくい。長い寿命のせいか、人間よりも感情の起伏が小さい印象を受ける。 「名前は?」 「へ? チリです」 「そう、私はフェリス。……チリ、私はあなたを娶りたい。私の住む森に来ませんか」  娶る!?……て、結婚したいってことだよね?  出会い頭になんでそうなる。本気か確かめたくて目線を合わせようとしたらそらされた。エルフはそういう習慣なんだろうか。 「チリ、良いお話ではないか」  フェリスの後ろで目を丸くしていた村長が手を叩いた。人ごとだと思って勝手な。  ん? でも待てよ。  これは、閉塞的な村から出るチャンスでは?  「あの、図書館はありますか?」 「図書室がありますよ。古い本ばかりですが」 「行きます」  特別本が好きな訳ではないけれど、情報や学問の重要さは人並み……ううん、この村の誰より理解しているつもりだ。  私の返事に、フェリスの纏う雰囲気が柔らかくなった気がする。   「良かった。また明日、迎えに来ますね」 「明日?」  ずいぶん急ですね、という前に、風といっしょに消えてしまった。
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